第13話 葬送曲
「護衛など、いらないと言ってるでしょ。心配なら扉の外で待っていれば。礼拝堂の中には入るのは私一人で十分!」
強い調子で護衛官をともなうことを拒絶した後、リリーははっと、礼拝堂の中から聞える音色に耳を傾けた。
ヴァイオリン……?
王宮付きの楽団奏者並みに上手い。まさか、あの男が弾いているの?
そして、大きく礼拝堂の扉を開け放った。
ステンドグラスのひび割れから、薄暗い礼拝堂の祭壇に刺しこむ一条の光。その光の間を縫うように流れてくるヴァイオリンの旋律。
奏者は黒装束に身を包み、静かに弓を動かしている。
美しく柔らかい……でも、切なくて……胸の奥が締めつけられる。
哀しい曲……。
一瞬、囚われそうになった心を無理にひきもどし、リリーはわざと冷淡に言った。
「私はここで、待てと命令したはず。演奏会を開けと言った覚えはないわ!」
ゴットフリーは、弓をもつ手を止めると、その灰色の瞳をそっと祭壇の下へ向けた。
やっと、静かになったか。しかし、あの娘、一人で迷宮に入ったんじゃないだろうな。
気にはなったが、今の相手は目前にいるソード・リリーだ。
「待つのに退屈して、思わず手にとってしまった。以前は暇つぶしによく弾いていたものだから」
「今の曲は、ずいぶん寂しい曲ね。どうせなら、もっと華やかな演奏を聞きたかったわ」
「それはそうだろう。あれは葬送曲だ。俺の島……ガルフ島を出る時に最後に聞いた別れの曲だ」
「ガルフ島? たしかグラン・パープルの西にある孤島とか言っていたわね」
「そう、崩壊して、海に沈んだ俺の故郷だ」
「えっ」
崩壊して海に沈んだ? こいつらは島主の息子の見聞を広げるために漫遊してると言っていたのに。
一瞬、目を伏せ、手にしたヴァイオリンをピアノの上にもどすと、ゴットフリーは、祭壇においておいた豪奢な鞘に収められた1本の剣をリリーの前に差し出した。
「ガルフ島警護隊隊長、ゴットフリー・フェルト。王女グラジア・リリース・グランパスに我が島、ガルフ島の宝剣、レイピアを献上させていただく」
栄えたグラン・パープルでも見たことのないほど、繊細な造りのレイピアに、リリーは一瞬、頬を高潮させた。しかし、
「お前、それが王女に物を献上する者の態度? 帽子を脱いで頭を垂れなさい。無礼にもほどがある!」
目深にかぶった帽子の下で、灰色の瞳がにやりとほくそえんだ。無言で静かに帽子に手をかける。
陽光がステンドグラスの隙間から、一筋、ゴットフリーの体を照らし出していた。
え? 髪の色が……変わった……
黒から燃えるような、紅に!
何という深遠な至極の紅。そして、心を見透かしているような灰色の瞳。
思わず膝を折り頭を垂れたくなる衝動を、リリーはやっと思いで抑え込んだ。
リリー、何をするつもり? 王族はあなたの方! こんな男に平伏しようとするなんて。
「お前の本当の目的は何。解っているのよ。レイピアを献上したいなんて、この王宮に入り込みたいための口実だってことくらい」
「ほう、剣の腕だけではなく、頭もそこそこ切れるらしいな」
ゴットフリーは多少、皮肉まじりに言った。
「それでは隠していても仕方ないか……実は、この王宮の地下、水晶の棺の中で眠っているという“レインボーヘブンの欠片”に用がある」
「“レインボーヘブンの欠片”? ああ、あの伝説の。あなた、そんなことを信じてわざわざ、ここまで来たの」
飽きれた様子のリリー。その口ぶりでは彼女は“レインボーヘブンの欠片”については、さほど知識がないように思われた。
「そんなものは単なる噂にすぎないわ。王女の私が言うのだから確かなことよ。でも……」
リリーはちらりと、ゴットフリーを見ると、くすと微かにほくそえんだ。
「どうしても、“レインボーヘブンの欠片”を探したいと言うのなら、好きに王宮の地下を探してもいいわ。私が許可します」
「どういう風の吹き回しだ。そんなにあっさりと、侵入者を受け入れていいのか」
「正直いって、あのヴァイオリンの音色はなかなか良かったわ。その返礼とでも言っておきましょうか。でも、王宮の地下は、一度入ると右も左も分からなくなる、永遠の迷宮――エターナルラビリンス。あの中に入って、帰って来た者の話は聞いたことがないわ。仮に“レインボーヘブンの欠片”をあなたが見つけたとしても、生きてもどって来れるかしら」
「生きて戻ろうが、迷いながら死んでゆこうが、たかが、孤島の警護官一人、お前の知ったことではないだろう」
そっけないゴットフリーの答えに、リリーはむっと頬をふくらます。
「わかったわ。王宮の地下へ続く階段は、この礼拝堂の中にもある。まずはそれを見つけることね。明日の夜明けまではここには手を出さないわ。“レインボーヘブンの欠片”を見つけて持ち出したとしても、それも自由。でも、夜明けを過ぎた後のことは保障しませんからね。衛兵に命じて、迷路の出入口を封じてしまっても恨まないでね」
「迷路の出入口か……おもしろい。明日の夜明けまでだな」
「ええ、せいぜい、がんばることね」
リリーは高らかに笑い声をあげると、くるりとゴットフリーに背を向けた。
礼拝堂の扉を開けてから、ふと気づいたようにリリーは言った。
「もし、あなたが無事にもどって来れたなら、私は喜んでそのレイピアを受け取りましょう。ただし……もどってこれたらの話だけれど」




