第12話 エターナルラビリンス
グラン・パープル島の西の海岸にあるサライ村の野営地にはすでに、30人ほどの人間が集まってきていた。
スカーのクーデターの計画にそって、BWは早速、彼らの指導に乗り出していた。その横でラピスがBWに言った。
「へえ、ちょっとの時間で、ずいぶん、空気が変わってる。きびきびして、やる気満々って感じだ」
「それはどうも。これでも、私は、ガルフ島警護隊長の参謀でしたからね。ちょっと、編成を変えてみただけですよ。以前は剣を触れたこともない者が下手な稽古をしていましたから。剣は経験者のみに、あとは、小難しいことは教えずに、基本だけを教えました」
「でも、剣の経験者以外はどうするんだよ。素手で自分の身を守れってか。そんなんじゃ、武芸大会なんて夢のまた、夢だな。すんなり出場しちまうタルクが羨ましい限りだ」
タルクが武芸大会に? その名を聞いて、BWはふっと皮肉な笑みをこぼした。
なら、見学に行かないとね。今だに、ゴットフリーの忠臣をきどってる、あの男がどれだけ戦えるのか、見てみたいですから。
「……で、俺の弓部隊はどうなった? まさか、解体しちまったんじゃないだろうな」
その時、スカーが決まり悪そうに口をはさんできた。
「あー、弓部隊はその他のメンバーで構成してあるよ」
「サライ村の奴らか」
「いや……奴らは、トンネル掘ったり、爆薬をしかけたりで役目があるからな……弓部隊は残りの……」
「わかったぞ! 剣も使えない、素手でもだめ。落ちこぼれたちを弓部隊に集めやがったなっ」
BWがくすくすと笑う。
「そんなことはないですよ。とても優秀です。ただ、平均年齢が少し低くなってしまいましたが」
「悪い予感がしてきたぞ。まさか……あとのメンバーって?」
「お察しの通り、弓部隊は二人だ。お前と……ココの」
スカーの言葉にラピスは頭を抱えた。
ココと俺だけ! 冗談じゃないよ。
「だって、お前はエターナル城に入るのが嫌なんだろ。だから、場外から俺たちを援護してくれ。まあ、弓部隊兼連絡係ってところかな」
BWはスカーの台詞に人の悪い笑みを浮かべると、ラピスの肩をぽんとたたいた。
「あれでココはけっこう、戦力になると思いますよ。だから、よろしく指導して下さいね」
* *
エターナル城の一階。
延々と続く豪奢な廊下。両壁に掘りこまれた彫刻の文様はどれ一つとして同じ形はない。等間隔に天井に備えつけられたシャンデリアは、最高級のガラス職人の作であり、煌びやかに王宮を照らしだしていた。
衛兵に導かれて、コリドーを歩きながらゴットフリーは皮肉な笑顔を浮べる。
たかが、廊下にこの贅沢さか。馬鹿げた趣味だな。
そして、壁に飾られた王族たちの肖像画。かなりスリムに修正された王、着飾った王女リリー。だが、それらのよく有りがちな肖像画の横に、否応なしに目に飛び込んでくる違和感たっぷりの王妃の絵姿を見つけた時、ゴットフリーは強く眉をしかめた。
この王妃の肖像……何か変だ。目の光りがやけに生生しい。そう……まるで、獲物を目にした爬虫類の目。
肖像画家は一体どういうつもりで、これを描いたんだ。
悪寒が走る……こんな絵を。
* *
「王女の命令だ。ここで、待っていろ。」
肖像画があった壁の前を通り過ぎると、一際大きな扉のついた礼拝堂が見えてきた。
扉を開くと、衛兵は押しこむようにゴットフリーをその中に追いやった。いつ後ろから切り刻まれはしないかと生きた心地がしなかった。やっと呪縛から解き放たれた思いで、衛兵はほっと息を吐いた。
礼拝堂か。それにしても、これは……
今しがた通ってきた豪奢な回廊とは、うって変わって荒れ果てた祭壇。窓のステンドグラスは何箇所にもひびが入り、長椅子の背もたれには蜘蛛の巣がかかっている。
使われたのは何年も前のことか。しかし、この豪華な城になぜ、こんな荒れた部屋があるんだ。
ゴットフリーは辺りを見渡し、ふと祭壇の横にあるグランドピアノに目をやった。
ピアノの上に剥き出しのまま放置されたヴァイオリン。白い埃にまみれていたが、弦はゆるんではいないようだった。
ヴァイオリン……か。
思わずつぶやいたその時だった。
祭壇の下の階段が、がたがたと揺れ動いたのだ。
「誰だっ」
持ってきたレイピアを鞘から引きぬき身構える。
一瞬の間の後で、祭壇の階段の板塀が落とし戸となって開き、そこから覗いた少女の顔。ゴットフリーは飽きれたように剣を鞘に収めこう言った。
「また、お前か……」
ゴキブリ娘。
「ゴットフリー! 何でこんな所にいるのよっ。ははぁ、さては、あんたも王宮の地下を探りに来たってわけ」
「あんたも……か。俺をあんたと呼べる度胸があるのはお前くらいなものだ……で、どこからそこへ入った」
「ふん、忍びこむのはお手のもの。武芸大会の見物客にまぎれて城内に入ったの。あとは、厨房から出し入れされるワゴンに乗ってここまで来たってわけ」
「なぜ、この礼拝堂に目をつけた」
「勘! 一番大きな扉の部屋だし、いかにも怪しい感じだもん」
「無謀な奴だ。衛兵につかまりでもしたら、牢にぶちこまれるぞ」
「サライ村のココにかかっちゃ、こんな王宮の衛兵の目なんてザルに砂を通すようなもん。ガルフ島警護隊の宿営地に入りこむ方が、よっぽど大変だったよ」
そのガルフ島警護隊隊長を目の前に、ココは悪びれもせず言う。
「なるほどな。タルクがお前に手を焼いたのが、今になってよく分かる」
何が難航不落の王宮だ。こんな小娘に簡単に忍び込まれるとは……。苦い笑いを浮かびかけたが、ゴットフリーはすぐに刺すような眼差しでココを睨めつけた。
「それで、その祭壇の下が王宮の迷路に繋がっているというわけか」
真っ向から視線を向けられると、さすがにキツイ。ココは思わず、階段から出した体を奥へひっこめた。
「待て! 王宮の迷路はお前一人で攻略できるほど、甘くはないぞ」
ゴットフリーは階段の下を覗き込むと、彼には珍しく大声でココを呼んだ。
「大丈夫っ。迷路の入口を確かめるだけ。ちょっと見てきたら、すぐ戻ってくる」
「無茶はするなっ、戻ってこいっ!」
その時、礼拝堂の大扉の向かうから複数の足音が響いてきた。
まずい。ソード・リリーのお出ましか。バタンと一旦開いた板塀を閉めるゴットフリー。
だが、
「あーっ、そこ閉めないでよっ。中が暗くなるじゃない。ゴットフリー!」
ココは叫ぶことを止めようとしない。
あの馬鹿娘っ
礼拝堂の大扉が開く直前、ゴットフリーは苦い表情でグランドピアノの上のヴァイオリンに手を伸ばした。




