第11話 それぞれの思惑
― 鏡の中の少女 ― グラジア・リリース・グランパス ―
黄金の髪に紫暗の瞳。燐とした美しさと強さを兼ねそえた王女、グランパス王国の華。
だが、自室の大鏡の前で王女リリーは恨むような眼差しで、鏡の中の自分を見つめていた。
ソード・リリーは完全な国民のヒロイン。
それなのに、あの失態は何!
マンプル……お父様からいただいた宝剣。お父様を私の元にひきつけておけるだけの価値をもった剣
負けたくなかった……
どうしようもない悔しさに、リリーは大鏡を割ってしまいたい衝動にかられた。と、その時、扉をたたく音がした。
「何? 今、忙しいんだけど!」
扉を開かず、問いかける。
「男が城門で……どうしても殿下にお会いしたいと、引き下がりません」
多少、うわずった衛兵の声
「男? 名前は?」
「ガルフ島の護衛官とだけ……」
ガルフ島……まさか、あの黒装束の男?
「殿下に直接会って、約束の剣を献上するのだと申しておりますが……」
剣? レイピアのことか……。だが、リリーは強い調子で拒絶した。
「そんな約束をした覚えはないわっ。門前払いにして、追い返して。しつこいなら牢に放りこんでもかまわない」
「それが、あの……」
それが、できないから、ここに来てるんじゃないか。
「いえ、待って」
リリーは鏡の中の自分をきりと見つめなおす。なぜ、あんな男を怖れる必要がある?
「下の部屋に通しておきなさい。そうね……1階の礼拝堂へ。あそこなら不測のこと態が起っても、誰にも知られず始末もできるし」
「お会いになるんですか」
「会います」
あの男、只者ではなかった。牢に放りこむのは、もう一度、この目であの男の器量をはかってみてからでも遅くない。
* *
エターナル城の西、サライ村の野営地がある海岸。
その砂浜をラピスは悠々とした足取りで歩いていた。肩にはお気に入りの自作の弓を抱えている。
生まれた時から、目が見えなかった。だが、そのことに不便を感じたことはほとんどない。
医者になるために両親を故郷の島に残し、グラン・パープルにやって来た。最初、師匠は、ラピスを弟子にすることを渋った。だが、“見えない症状”まで気づいてしまう、その能力を彼が知るには、そう長く時間はかからなかった。
“この世のすべてが、俺の頭に浮かび上がってくるんだよ”
さすがに、姿、形をあますところなく知ることはできなかった。だが、生命力が強いものほど、おおよその大きさや、位置、行動を知ることは容易かった。人、動物、植物。建物や橋でさえも、それらを建てたり、使ったりする人々の想い ― それが、善意、悪意に関わらず ― を感じることができれば、ラピスは察知することができた。
けれども、極まれに、全く知ることのできない物に出くわすことがあるのだ。
エターナル城。
何も感じない。近づいて城壁に触れてみても、中身には、虚無の空間があるだけとしか思えない……だが、人はそれを白亜の城と誉めそやす。
あの城には決して入るまい。
ラピスは、そう心に決めていた。
エターナル城が怖かった。
* *
「ラピス、えらくご無沙汰だったじゃないか。もう、計画から抜けたのかと思っていたぜ」
正面から近づいてくる声にラピスは笑顔を作る。この酒とタバコで荒れた声。サライ村のリーダー、スカーだな。
「仕事が忙しくてさ、この島は医者不足みたいで。あ、それとこの間はご免な。お前が悪いんだぞ、俺の患者を盗むから」
スカーは、むっと眉をしかめたが、あえて平静を装ってみせた。
「その話はまた後だ。それより、お前に紹介したい奴がいるんだ」
「紹介?」
「ああ、新しい俺の参謀、BWだ」
「ラピス・ラズリ。スカーから話は聞きましたよ。医者で超一流の弓使い、しかも盲目とはね」
BWが差し出した手。
ラピスは、スカーの後ろに感じた気配に向かって“よろしく”と手を差し出そうとした。……が、
お門違いの方向へ手を出すラピス。そして、次の瞬間、顔を強張らせて手を引いてしまった。
「ラピス、お前、どこ向いてる? BWはこっちだぞ」
初めて見る彼のそんな姿にスカーは首を傾げた。
このとてつもない引力は何だ? 大きな波に引き寄せられてるみたいな……それに、どこが頭で足で手なんだよ。いつもなら、はっきり感じることができるのに、こいつ、さっぱり、わけがわからない。
まてよ、BW……って確か
「BW! レインボーへブンの欠片 ”紺碧の海”!」
「よくご存知で。では、改めて……よろしくお願いしますね」
今度はラピスは、びっくりするほど、すんなりとBWと握手を交わすことができた。
今はまるで普通の人間だ。この野郎、俺の態度を見て自分の気配を消しやがった。
「あんた、相当なくわせ者だな。あの単純明快なジャンとはえらい違いだ」
そういえば、ジャンは触れなければ、力の強さを感じなかった。彼はレインボーへブンの欠片”大地”だというのに。こいつみたいに力を隠しているようにも思えないし……。
「彼にはリュカがついていますからね」
「俺は何にも言ってないぞ」
「不思議ですね。何となくあなたの考えが私に伝わってきますよ」
「気色悪い奴だなっ」
「あなただって、さっき私の中を覗こうとしたじゃありませんか。お互い様です」
「俺は少なくとも人間だ。お前らと一緒にすんな!」
放っておくと、ラピスとBWの舌戦はどこまでもエスカレートしてゆきそうだ。スカーは聞いちゃおれんと、口をはさんできた。
「ラピス、弓の稽古をつけてくれるんだろ。例の計画の最終確認も兼ねて、みんなを俺の所へ集めてくれ」
この腐った王国を覆してやる。ガルフ島で出来なかったことを、俺はやるんだ。
これは、王に虐げられてきた、グラン・パープルの住民の挑戦、そして、俺の挑戦でもあるんだ。
スカーの思いは強かった。




