第10話 王宮武芸大会 1回戦 ~ 鉄の処女
「ゴットフリー、ひやひやさせないでくれー」
タルクは、もどってきたゴットフリーを捕まえて言う。
「なんだ、タルク、気の小さい奴だな。そんなことでこれから闘えるのか。王女よりもっと手練れた奴らが列をなしているというのに」
「そういうことじゃなくて、王族相手に無謀すぎるぞ」
二人のやりとりを横で聞いていたジャンが口をはさむ。
「そうだよ。王女の気性がああだったから良かったけど、下手すりゃ、僕たち全員、磔の刑だ」
「そこは、そう。いろいろと案は考えてあったのよ」
ジャンの後でリュカが香るように微笑んだ。
「プラン1、プラン2、プラン3……、まあ、プラン1で上手くいったのは良かったわね」
「おまえら、俺とジャンをはずして、二人してそんな打合せまでしてたのか!」
「あら、ラピスも一緒に考えてくれたのよ。いろいろアドバイスもしてくれて」
「やってらんねー。結局、僕とタルクが除け者だ」
「あなたたちには、余計なことを考えないで、普通に武芸大会に出て欲しかったの」
あ、それと……
リュカは、はっと思い出し、手にした白い包みをゴットフリーに差し出した。
「レイピア。船に積んだ武器の中から持ってきたわ。この剣なら軽くて使いやすいし、装飾もお姫様風、持ってゆくんでしょ」
「ああ。そのまま、俺は帰らない。後はお前たちで上手くやれ」
だが、受け取ったレイピアを携えて、王宮の方へ行こうとするゴットフリーをジャンが止める。
「王宮の地下へ潜入する気だな? だったら、僕も連れてゆけ」
しかし、ゴットフリーは首を横に振った。
「駄目だ。お前はここにいろ」
「どうしてっ!」
「気がつかないのか。この王宮の不穏な空気に。王宮武芸大会の猛者どもが放っているんじゃない。もっと、陰気で悪質な何かをお前は感じないのか」
そういわれてみれば……、城門を入った瞬間から胸を押さえつけられるように空気が重い。
「タルクに付いておけ。奴一人では、抱えきれないこと態が起こるかもしれない」
ゴットフリーの言葉にジャンは、黙ってうなずいた。
* *
王宮武芸大会の1回戦がまさに、始まろうとしていた。
小一時間前のソード・リリーとゴットフリーの戦いの余韻はすでにない。ただ、当の王女、リリーの姿はバルコニー席に見ることはできなかった。
「ゴットフリーに負けたことがよほど、悔しかったんだろうな。王女にもちょっとぐらい、花を持たせてやれば良かったのに、容赦ないもんなあ」
「殺されなかっただけ、まし」
「リュカ、お前の台詞も容赦ないな」
ジャンは、涼しげに微笑むリュカを見て苦笑する。
「それより1回戦の一番目って、タルクの奴、くじ運がいいのか、それとも悪いのか」
1回戦の対戦者の名が高らかに呼び上げられた。
“長剣のタルク VS アイゼルネ・メイデン!”
アイゼルネ・メイデン? それって、吸血女伝説の拷問機 ― 鉄の処女 ― の名前じゃねぇか。ふざけやがって。
けど……ってことは、相手は女か?
ぬっと立ちあがったタルクは、背から2メートル長の長剣を、軽々と引きぬく。長さだけでなく、刀幅も普通の剣よりはるかに広い。
反対側から現われた対戦相手は、予想通り女戦士だったが、背まで伸びた黒の巻毛、額あての下から、タルクを見すえる鋭い瞳は、なかなかに野性的な美しさを持っていた。
それにもまして、観客を沸き立たせたのは、胸、腕、膝と断片的に付けられた防具から見え隠れする浅黒い肌が、視覚的にはかなりセクシーなのだ。
ああいう類は、俺は苦手なんだが……勝負はゆずれん。ちょっと、脅してやるか。
挑発するかのように、タルクは大袈裟な素振りで長剣の切先を相手の顔に向けてみせた。
いいぞっ! と、どっと観客の声。
だが、その瞬間、
ヒュッ!
風が唸りをあげた。
「無駄に大きな剣を振りまわすのは、力を誇示したいため? 独活の大木さん」
アイゼルネの鉄鞭が大きくしなって、宙に弧を描く。鋼鉄の柄から伸びた鎖を連ねた鞭先。それが、触手のようにタルクに向かって空を這った。
この女、鞭使いか!
「誰が独活の大木だ! 一刀両断にしてやるっ」
上段に構えると、タルクは長剣を一気に振りおろした。
だが、
ガシャリと鈍い金属音
「あっ、畜生っ」
長剣の刀身に何重にも絡みつく鉄鞭の鎖が、タルクの動きを封じこめた。
「まるで猛獣使いみたいだ!」
予想外に強いアイゼルネの力に、観客は戦況を見極めようと総立ちになった。長剣を握り締めたタルクと、鉄鞭で長剣をとらえた女の力が拮抗する。
「ヤバいなぁ。マズいなぁ。長剣を封じられた」
ジャンは、そう言いながらも笑顔だ。
「大丈夫よ、力でタルクに勝てるわけがない」
リュカが涼しげに言い放つ。それを証明するかのように、タルクが雄叫びをあげた。
「しゃらくせえっ!」
長剣の柄を強く握り締め、そのまま、ぐいっと空に掲げあげる。長剣に絡まった鞭先がびんと長く伸び、すると、アイゼルネの体は凧のように空に浮いた。
「その鉄鞭ごと、地面にたたきつけてやるっ!」
右手で長剣の柄を握り締めたまま、タルクはもう一方の手を鞭先に伸ばした。その手で鞭先を引き付けて、を地面にたたきつけようというのだ。
「甘い。血を見るのは、あんたの方よ!」
アイゼルネの体が加速を増して、落ちてくる! ……が、空中で鉄鞭を巻き取りながら、落下地点を巧みに操作した。タルクの顔面めがけて膝を突き出す。その瞬間、女の膝当てから鋭い刃物の切先が飛び出した。
「危ない、避けろっ、タルクっ!」
鮮血が飛び散った。ジャンが叫びが終わらないうちに。




