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アイアリス・レジェンド ~虹の女神と闇の王  作者: RIKO(リコ)
第三章 虚無の王宮 水晶の棺
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第9話 王女の敗北

 特設された王宮のバルコニーでは、リリーの父、グランパス王が、競技場で対峙する王女とゴットフリーの姿を苦々しい顔で眺めていた。


「また、リリーが戦闘か。あれは王女のくせに、血の気が多くていかん」


 すると、横に座った王妃が王をなだめるように言った。


「まあ、陛下、最近の王宮武芸大会は多少、マンネリ気味。余興にはちょうどよろしいですわ。それによもや、外海の田舎剣士にソード・リリーが負けるはずもございません」


 前菜にあの男を血祭りにするっていうのはどう? リリーの奴、そこまでやる勇気があるかしら……。


 小太りのグランパス王に、紅銀のドレスに身を包んだ王妃がしなだれかかる。


「それより、晩餐会につける宝石のことなのですが、とても良い瑪瑙めのうを見つけましたの」


「ああ、欲しい物があれば、何でも買うがいい。グラン・パープルは栄えている。金は税金が山のように入ってくる。宝石くらい痛くも痒くもないわ」


 けだるそうなグランパス王の返事に、王妃の真っ赤な唇がほくそえむ。王妃といっても、この毒々しい化粧の女はリリーの母親ではない。リリーの母は、数年前に病気で亡くなった。その直後、不自然なほど早く彼女の地位に収まったのが今の王妃だった。


 王はもう私の手の中。ランカを横流しにしたエターナルポイズンのあがりも、入ってくる。もっと、もっと税率をあげてやろう。民が苦しむ? かまうものか。グラン・パープルの富は全て私の物なのだから。


 銀色に染めた長い小指の爪先を、ぺろりとなめると、王妃はリリーが、相手の男に剣を突き刺す瞬間を見逃すまいと、バルコニーから身を乗り出した。


*  *


 銅鑼どらを打ち鳴らすかのような人々の歓声。だが、その99%はソード・リリーへの激励の声だ。


「ヤな感じだな。完全にアウェイだし。ゴットフリーを応援する奴なんて誰もいないじゃん」


 不満げにつぶやくジャン。だが、


「心配しなくても、直に静かになる」


 タルクはきっぱりと、そう言いきった。


*  *


「王女の御前だというのに帽子を脱がないつもり?」


「気にするな。頭の一部と思えばいい」


 王女はゴットフリーのそっけない答えに皮肉っぽく笑う。


「禿げた頭でも隠しているの? 見た目と違って、随分なさけない男ね」


 観客がどっと笑い声をあげる。だが、

 引きぬいた剣を斜めに構えてから、リリーはむっと表情を曇らせた。


「お前っ、何で剣を抜かないの!」


 ゴットフリーは相変わらず目深に帽子をかぶったまま、身構えるそぶりもみせない。


「なかなかおもしろい武器を持っているな。マンプル……攻撃力は絶大だが、男でも使いこなすのは難しい剣だ。お前にそれが扱えるのか」


 リリーが携えた剣には3つの刀身があった。中心になる長刀の左右にそれぞれ短刀が、1本づつ付いている。ちょうど、フォークのような形だ。しかも鞘と刃の境目にも小さい鉤爪がある。


「いちいち、うるさいわね。それは、勝負をすればわかること!」

「そんなに、始めたいなら、遠慮せずに斬ってこい」

「どこまで私を馬鹿にするっ。ならば、遠慮なく串刺しにしてやるわ!」


 リリーの腰まで垂らした三編みの髪が風にひるがえった。手にした剣を目線の位置で水平に切り込む。


「待ってましたあっ」と感嘆の声。グラン・パープルのほとんどの住民はリリーの剣の腕をよく知っていた。かろやかな身の動きと形の美しさには目のみはるものがあった。

 それは、剣技というよりまるで舞踏。ため息が出るほど優雅ではあるが、その剣の切先は鋭く相手の急所を突いてくる。それに加えマンプルという変わった剣を使う王女……その派手な特異さは人々の心を魅了するに十分だった。

 だが、優雅な剣の舞に開始早々、幕を引く者。そんな男が現れるなんて……。


 ゴットフリー


 彼は、一刀必殺のリリーの剣を首を傾かせただけで、こともなげにかわしてしまったのだ。


 な、何で? こんな男に私の剣がかわされるなんて


 信じられない面持ちでさらに突く。だが、またかわされる。


「あの難しい剣を使うだけでも、王女の腕はたいしたもんだ。動きだって伊達じゃない。けれど、マンプルは3本の刃と鉤爪をすべて使えて使いこなしたといえるんだ。こういう1対1の武芸大会なら通用しても、あの様子じゃ本当の戦闘には役立たない」


 タルクが得意げにジャンに解説する。


「でも、つまんないな。ゴットフリーは剣を使わない気なのか。まさか、殴ってやろうとか、思ってるんじゃないだろうな。あ……もしかして」


「考えたくはないんだが……」


 そりゃ、目立つだろうけど、やっていいのか。


 タルクとジャンが目と目を見交わしたその時、場内の空気が一瞬、暗に染まった。黒い影が通り過ぎた気がした。


 一体、何が起こったの?


 ぽかんと立ち尽くすリリー、そして、言葉をなくす観客たち。


「お前にはその剣は重過ぎる。お望みならもっと軽くて扱いやすい剣を用意させるが」


 そして、長刀をまっぷたつに折られたマンプルが、土の上に転がっていた。


 負けた? この私が……。


 あせって、声のした後を振り返った。その瞬間、リリーはびくりと体を縮込ませた。


 黒刀の剣……いつの間に抜いた?


 ゴットフリーに握られた黒刀の剣は禍々しいまでに研ぎ澄まされた光を放っていた。そして、リリーを見えする灰色の瞳。心の奥底をすべて見透かしているかのような……。


 王族の自分が、たかが孤島の護衛官に、なぜ、こんなに震える必要がある?


「王女だろうが、勝負は勝負! 斬ればいいでしょう。とがめはしないわ。こんな屈辱に合うのなら、斬られて死んだ方がましよっ」


 先ほどまでの湧きえるような声援が、今は凍り付いたように静まりかえっていた。


「ほうら、静かになっただろ」


 得意げなタルク。

 ゴットフリーが使っているのは、黒馬島の神剣“闇馬刀やみばとう”だ。あの剣の威力を目の当たりにして、普通に騒げるはずがない。

“闇馬刀”には、鞘がない。なぜなら、その剣はゴットフリーが求めた時のみに姿を現すからだ。強いて言えば、その刀身の中の闇、それが鞘……なのかもしれないが。

 だが、タルクの表情は、ジャンの一言で、あっという間に焦りに変わった。


 「タルク、大変だっ。ゴットフリーの奴、王女を斬りやがった!」

 「何ぃぃ!」


*  *


「陛下、王女がっ」


 地面に崩れ落ちたリリーの姿を見て、バルコニーの王妃が叫んだ。


「なんじゃ? 相手を串刺しにでもしたかあ」


 グランパス王は、相変わらず、だるそうな眼で玉座にふんぞりかえっている。


「ち、違いますっ。き、斬られました。黒衣の男に……」


 ええっと、この時始めて王はぱっちりと目を見開いた。あせった様子でバルコニーに身を乗り出す。


 リリーは、地面にひふれすように倒れていた。だが、


「斬って欲しいと言ったからそうしたまでだ。だが、自分の足で立てるはずだが」


 ゴットフリーのそっけない言葉に、倒れていた王女が苦しげに顔をあげたのだ。

 体の痛みは少しも感じなかった。だが、傷つけられたプライドに心が張り裂けるようで、立ち上がると、リリーは、きっと唇をかみしめゴットフリーを睨めつけた。

  その瞬間、王女の黄金の髪がはらりとばらけて扇のように広がる。

 二つに斬られ地面におちたその髪留めを拾い上げると、ゴットフリーは笑った。


「悪かったな。だが、これには王女の紋が入っていたから、お前のかわりに斬らせてもらった」

「な、なぜ私を斬らないのっ。どこまで私を馬鹿にする気!」

「それは……」

「それは、何っ」


「それは、お前が王女だからだ。しかも、国民に愛された……」


 ゴットフリーの言葉にリリーは一瞬、絶句する。


「マンプルは、お前には扱えない。だが、ちょうどいい剣をもっている。俺たちの島でも極上の刀匠に打たせたレイピアだ。非礼の詫びに後で届けよう」


「そ、そんな物!」


 いらないわ……と、言葉が口から出かかっているにも関わらず、リリーにはそれが出来なかった。絶対的な力が彼女にのしかかっていた。逆らうことができないのだ。


「咎めはしないんだったな。非礼は詫びたし、では、俺はこれで失礼する」


 くるりとリリーに背を向け、唖然と見つめる観客たちを尻目にして、ゴットフリーはタルクたちのいる場所へ帰っていった。


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