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第26話 天の道

うみ鬼灯ほおずきが町を襲うって!? あいつらは空を飛んでゆく。今から追いかけても間に合わないぞ」


 タルクは顔をしかめて町の方向に目を向けた。ゴットフリーの横顔を見ると、怒りで体が震えているのが分かった。

 

 海の鬼灯……ガルフ島と同じように、黒馬島まで崩壊させようというのか。


 すると、ゴットフリーの足元に落ちていた黒剣が、彼に呼応するように、かたかたと揺れ始めたのだ。


「黒剣が揺れている……黒馬亭で見たのとまるで同じだ。まさか、あれは、闇馬刀やみばとうか! ……ということは」


 また、あいつがやってくる……のか?


 焦った様子のタルクとは違って、ゴットフリーは得意げに笑って、黒剣を拾い上げた。


「そうだ、この黒剣は俺のものだ。そして、あの馬も……」


 言葉を切った瞬間、遠くから蹄の音が響いてきた。それが、近づいた来た時――


 旋風が舞い上がった。そして……


 ゴットフリーを除く他の者は全員、突然、現れた巨大な黒馬に、唖然と目を向けた。


 黒馬島の黒い大地……それと同色の黒い馬!

 

 大地に足を下ろした威風堂々とした姿。

 どこか人間を見下しているかにさえ思える黒い瞳。


 だが、ゴットフリーは躊躇することもなく、その背に飛び乗った。


「ジャン、この馬で空を行けるか?」


 一瞬、沈黙するが、ジャンはすぐに笑顔を作った。


「あはっ、空を行くって? でも、その馬には翼がないな。けれども、大丈夫だ。道は僕が作る。その黒馬なら天の道を駆けて行ける!」


 ジャンの言葉に、ゴットフリーはにやりと笑うと黒馬の胴を蹴り、炎馬の駆けた方向に走りだした。


「リュカ、僕の力を制御して。もう、二度とガルフ島で暴走した時のような、まずい真似はしたくないから」


 リュカはこくんとうなずくと、タルクの腕を強くひいた。


「タルク、少し、少しかがんで。私を肩にのせて」


 ジャンはゴットフリーが乗った黒馬に向かって、右の腕を伸ばすと、強く拳を握り締めた。


「黒馬島の大地よ。僕の声が聞こえるか? 少し、お前の形を変えてしまうが、我慢してくれよ」


 ジャンが蒼く輝きだした。ぐんと前に伸ばした手の掌を大きく開いて叫ぶ。


 「天と大地に宿る異邦の光よ、この大地に眠る力を呼び覚ませ!」


 うおおおおおおおおっ!!


 およそ、人の声とは思えぬ咆哮。すると、ジャンの手の中から飛び出した蒼の光が前方の土を盛り上げだした。それはまっすぐな線となって、黒馬で駆けてゆくゴットフリーの後を追いかけてゆく。


 地鳴りと共に、大地が揺れた。


「タルクっ、しっかり立っていて! 絶対、ここを動かないで!」


 リュカはタルクの両の肩に立ち上がると、珍しく大声で叫んだ。


 この揺れの中で、動くなっていわれても。


 リュカの体重など、タルクにとってはないに等しいものだったが… 

 ところが、何か一言、言い返してやろうと、タルクが思った瞬間、


 ゴットフリーを乗せた黒馬が、空を駆け始めたのだ。


 タルクは目の前の信じられない光景に、言葉を失ってしまった。


 いや、黒馬が飛んだのではなく、黒馬の下の土が空に浮き上がったんだ。あれが、ジャンの言っていた”天の道”。


 ジャンが立っている手前が浮き上がり、その先に道ができあがっていた。黒馬の速度にあわせ、先にゆく炎馬を追いながら、それは空に黒い地層を伸ばしてゆく。


すげえな。空に道を作るなんて……。


 だが、ジャンの力の凄まじさに、大地はますます、大きく揺れ出した。動くまいとこらえてみても、タルクの足元には、無数の地割れが迫ってきていた。


「リュカ、これはまずいぞ! 早く逃げないと、地割れの中に引きずりこまれる」


 その時、リュカが白く輝き出した。


「制御できるからっ! タルクは目を閉じていて」


 タルクの肩の上に立ったリュカは、横に両腕を伸ばすと、瞳を大きく見開いた。すると、リュカの体から眩い光が迸りだしたのだ。

 ジャンの蒼い光よりもっと激しい白銀の光。普通の者では絶対に正視できない輝きが、みるみるうちにジャンの蒼の光を飲みこんでゆく。


「ありがとう、リュカ。今度は無事に済ませられたよ」


 ジャンはほっと息をついた。


 蒼の光は今は、かすかに余韻を残すのみになっていた。ゴットフリーをのせた黒馬の姿はもう見えず、天には、ジャンが作った道だけが残されていた。


 大地の揺れはいつの間にか、収まっていた。


「……で、隊長はどうなんだ。炎馬に追いつけそうなのか?」


 眩しさで失われていた視力がやっと戻ってきた。そんなタルクが、目をこすりながらジャンに言う。


「大丈夫。あの黒馬はこの島のご神体だから、島の平和を乱す者を絶対に許したりしない」

「ご神体? あの萬屋のサームが黒馬亭で言っていた話と少し違うぞ。確か、寺の坊主が天窓を閉めるのを忘れて、そのせいで闇馬刀が黒馬島に仇をなしたと。その時、ご神体の炎馬が現れて島を焼き尽くした……ん? 待てよ。その炎馬ってまさか?」


 海の鬼灯? ……ということは、闇馬刀が仇をなしたわけじゃなくて……。


「あの黒馬を見た瞬間、僕にはわかっていた。あれが邪悪であるわけがない。あの馬こそが、海の鬼灯から黒馬島を守る為に現れた真の黒馬島のご神体だったんだ」


 まだ、合点がいかない様子のタルクにジャンが言う。


「僕たちも、早く町へ行こう! 黒馬島に巣食っていた海の鬼灯が、町の方向へ集結しだしたぞ」


 ジャンが作った地割れから、おびただしい数の紅の灯が、湧き上がってきていた。


 紅い葬列……ガルフ島での日食の日、火の玉山に集まった邪悪の灯と同じ色。


「おおい、俺たちも天の道を通ってゆくのか?」


 おっかなびっくり尋ねてくるタルクに、ジャンは笑う。


「僕たちの馬が、あの道を通っても転落するのは目に見えている。だから、急ぐんだ! 海の鬼灯とゴットフリーの戦いに、町にいる天喜たちが巻き込まれるぞ」



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