第25話 レインボーヘブンの青い空(挿絵あり)
「だめだ、ゴットフリー、タルクを殺すな!!」ジャンが叫んだ。
その瞳が黄金に光ると、ゴットフリーとタルクの間に稲妻のような亀裂が走った。直後に大地の裂け目から青の光が吹き上がった。
虚をつかれたゴットフリーは、タルクの目前で剣を構えたまま、空を仰ぎ見ている。 ぎりぎりのところで命拾いしたタルクは、慌ててジャンの方を振り返った。
「ジャン、これはお前の仕業か? 畜生っ、何て凄まじい力を持っているんだ」
しかし、ジャンは驚いたような表情で首を横に振った。
「いや、この光は僕のものじゃない……霧花? BW? いや、違うぞ。もう一人……誰かいる。別のレインボーへブンの欠片が、ここにいる!」
青の光が闇を払いのけて、ザールの花園の上に広がってゆく。そして、夜空の隙間から突然、陽の光が差し込んできた。
闇の向こうに青空が見える……。
ジャンは心の震えをとめることができなかった。
僕は知っている……この空は……レインボーヘブンの青い空!
やがて、陽光がザールの花園を明るく照らしだした。陽の光がゴットフリーの黒い髪を紅に染めてゆく。その灰色の瞳は、ただ、一心に空を見つめ続けていた。
* *
「あの空、あの空だ! お前ら、見るんじゃない。あれは、わしだけの物なんだ!」
突然、ジャンの背後で声がした。
がくがくと震えながらも、ザールはジャンを押しのけて青空の下へ歩み寄ってゆく。
「……ザール! お前、何か知ってやがるな!」
だが、その首根っこを、タルクが鷲づかみに捕まえた。
「性懲りも無く、まだ、隠しごとをしているのか。いい加減に全部話したらどうだっ!」
ジャンとタルクに睨みつけられて、ザールははっと我をとりもどした。その時、ザールは初めて、髪を紅に染めたゴットフリーとその背後にいる巨大な炎馬に気がついたのだ。
魔王とその乗馬……炎の馬。
時間が止まったかのように、ゴットフリーは空を見つめ続けている。
うあああっ! と叫び声をあげながら、ザールはジャンの足元にひれ伏した。
「話すから……話すからわしを助けてくれ。埋めたんだ……あの女を。そして、わしは見たんだ。虹の向こうに至福の島を!」
「虹の向こう……って、それってレインボーヘブンのことを言っているのか!」
ジャンは驚きを隠せない。
「埋めたって……? お前が僕を生き埋めにした時みたいにか」
「いや……わしがあの女を花園で見つけた時には、もう息がなかった。きっと、紅の花の香りの中毒になって、死んでしまったんだ。だから、遺体を隠そうとして、あそこに埋めた。土をかけてしばらくすると、今みたいに青の光が現われて……そして、わしは見たんだ。青空に架かった虹の向こうに、あの伝説の島、レインボーヘブンを!」
「レインボーヘブンが空にだって? そんな馬鹿な!」
その時だった。タルクが空を指して声をあげた。
「虹だ! 虹が架かる!」
青空を駆ける七色の光。その虹の向こうに、おぼろげに緑の島の姿が見える。
だが、
いや、あれは、本物じゃない。レインボーヘブンの虚像だ……
ジャンは、ほっとした反面、落胆もした。そして、複雑な思いで空を見上げた。それにしても……
「ザール! お前が埋めた女って誰だ? それにお前は僕までここに埋めた。それは何のためだったんだ!」
ジャンに詰め寄られたザールは、怯えながら答えた。
「同じだったんだ。異様に軽かったから……お前もあの女 ― 天喜と伐折羅の母親 ―と同じくらいに軽かったから。また、見れると思ったんだ。あの至福の島を」
行方不明だという天喜と伐折羅の母親だって? 紅の花の中毒で死んだ……まさか……まさか、その人が、レインボーヘブンの欠片だったのでは?
青空に架かる虹が端の方から徐々に薄れだし、空は再び闇に閉ざされてゆく。
「あ…あ……」
ゴットフリーは、力が抜けたようにがくんと地面に膝をついた。そして、握っていた闇馬刃から手を離すと、消えてゆく虹の方向に腕を伸ばした。
「隊長!」
明らかに先程のゴットフリーとは様子が違う。タルクは地面にできた亀裂を大股に飛び越えると、彼の元に駆け寄っていった。
「隊長、しっかりしてくれっ!」
両の肩を揺さぶってみても、灰色の瞳の視点はただ、空虚に虹の行方を追っている。その背後では炎馬が息を潜めて、ことの成り行きを見守っている。
恨みと後悔の産物……ゴットフリーの肩越しに燃える馬の不気味さにタルクは背筋にひやりと冷たいものを感じた。
だがな、お前たちに隊長は渡さない!
タルクは、すうっと息を一つ吸い込むとぎゅっと右の拳を握り締めた。だが、振上げようとして、すぐに止める。かすかに笑い、そして、次は左の拳を握り締める。
いけねえ。ザールを殴った方の手を使っちまうところだった。
そして、タルクはあらん限りの声で叫んだ。
「いい加減に目を覚ませ! ゴットフリーっ、お前はレインボーヘブンの王になるんだろっ! 」
ジャンは呆気にとられて、その様子を見ていた。ゴットフリーの体が弾き飛んでいた。ごろごろと転がり、止まった後はぴくりとも動かない。
「タルクッ! 何をやってんだ! お前、ゴットフリーを殺す気か!」
焦って、ジャンは倒れている彼の元に駆け寄る。タルクの奴、あの馬鹿力でゴットフリーを殴りやがった!
「手ェなんか抜いても、こいつは目を覚まさないだろっ! 頑固もんで完全主義のこの男は!」
「でもな――!」
ジャンが、次の言葉をタルクに向けて出そうとした時だった。
「……誰が頑固もんだって……」
低い声が聞こえてきたのだ。
「目をさませ。ゴットフリー……タルク、お前がそう言ったのか」
タルクとジャンが目を向けた視線の先、
「ゴットフリー!」
二人は同時にその名を呼んだ。ゴットフリーは小さく、つぶやくように言った。
「長い悪夢を見ていたようだ……」
「俺たちにとっちゃ、悪夢どころの騒ぎじゃなかった。お前、魔王になりかけてたんだぞ」
「お前だって? タルク、俺がお前か……」
ゴットフリーはタルクに殴られた頬を押さえながら、小気味良さそうに笑う。
はっと、気付いてタルクは急に恐縮したように顔を強張らせた。
「いや……、お前でなく……隊長だった。いかん、思わず……」
「あんなに力一杯、殴っておいて、もう、取りつくっても無駄、無駄」
ジャンはそう言って笑った。だが、すぐ真顔になるとゴットフリーの血に染まった姿をじっと見つめて言った。
「ごめん。僕がいたのに、お前をそんな姿にしてしまった。見なくていい、悪い夢を見せてしまった……」
ジャンはゴットフリーの両の手をとると、その手に上に自分の頭をのせるかのように俯いた。
「でも、悪夢は所詮、夢なんだ……お前のいるべき場所は、夢の中じゃない」
女神アイアリスは言った。ゴットフリーの本性は悪だと。だが、それならば、なぜ、僕らは彼に魅かれるんだ? なぜ、彼を失うことをこんなにも怖れるんだ?
ジャンの体が蒼く光を放ち出した。それは、これまでと違った柔らかな光だった。蒼の光がジャンの手を通してゴットフリーまでも蒼く染めてゆく。
血の色が……消えてゆく。隊長を紅に染めていたおぞましい闇の衣が浄化される。
タルクは、目頭が熱くなって、思わず大きな手で顔を隠した。
だが、事態はそれで収束したわけではなかった。
「炎の馬が行ってしまうよ」
抑揚のないわりによく通る声。
「リュカ! 来てくれたのか」
リュカは、ジャンの言葉を無視して空を指さした。ゴットフリーの背後にいた炎馬は、彼を諦めたのか、空に駆け上がるとそのまま、町の方へ飛び去ろうとしていた。
「早くあの馬を追いかけて。そうしないと、町が大変なことになる……」




