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第23話 首のない馬

 炎に包まれた紅の花園。


「わしの花園が……大切な花園が燃えてしまう……」


 なすすべもなくジャンの後を見送っていたタルクは、後から聞こえてきたしゃがれ声に眉をつりあげた。


「お前がザールか! リリア様に会ったっていう古物商の。お前、ゴットフリー隊長に何をした?!」


 怒りのこもったタルクの声に、ザールの体の震えは止まらない。


「わ、わしが悪かった……ほ、本当に心の底からそう思っている……だが、もう遅い。一度、開けてしまったパンドラの箱はもう閉じれない……」

「何だと……?」

「わ、わしは魔王を呼び起こしちまった……」

「魔王って、隊長の事を言っているのか!」


 だが、タルクの後ろに目を向けたとたんに、ザールの顔色はみるみる蒼ざめていった。


 うああああっ!!


 叫びながら、がくんと膝をつき、ザールは頭を抱える。

 背後からのひどい悪寒。たまらずに振り返ったタルクの心臓が、一瞬、凍りついた。


 首のない馬……


 異様なほどに白い体。だが、斬り取られた首の根元だけが、血の色に染まっている。


 ワンダーランドもここまでゆくと、可愛げがないぞ!


 驚いている暇などなかった。首がなくても、あきらかにその馬はタルクに向けてむき出しの敵意をむけてくる。

 首を落とされても死ねない白妖馬は、ただ、殺戮することのみに癒しを感じているのだ。


*  *


 一方、紅の花園の中央でゴットフリーを見つけたジャンは、ゴットフリーを取り込もうとするうみ鬼灯ほおずきを目にして唇をかみしめた。

 それらは、燃え上がり、空を舞いながら、形を作り始めている。


 紅の邪気! こいつらにゴットフリーを渡してたまるか! ゴットフリーの元へ駆け寄ろうとするジャン。だが、海の鬼灯に行く手を阻まれ、彼に近づくことができない。


「畜生! 何でこいつらには手が出せないんだ?」


 ガルフ島でも、ジャンは海の鬼灯と戦うことができなかった。レインボーへブンが海に沈んだ時、ジャンは聞いてしまった。女神アイアリスに見捨てられ、この世を恨みながら死んでいった略奪者たちの声を。海の鬼灯は、略奪者たちの怨念の塊だ。その時、持ってしまった哀れみの心が今もジャンを呪縛する。


 目の前で、紅い灯が一つの形を成した時、ゴットフリーは低い笑い声をあげた。


 炎馬 ― 海の鬼灯の濁った紅をまとった邪心の馬 ―


 白妖馬の背を降りると、ゴットフリーは魅入られたように炎馬を見つめ続けた。彼が右手で握りしめた闇馬刀が鈍く光っている。ゴットフリーは、ジャンに背を向けると、にやりと引きつった笑いをもらし、ゆっくりと剣を持ち上げた。


「だめだっ! ゴットフリー!!」


 その瞬間、空が紅く染まった。

 断末魔のいななきが、焼け焦げた花園に響き渡る。


「お前は……戯れに命を奪う奴じゃなかった……のに」


 無残に切断された白妖馬の体。どうしようもない怒りが込み上げてきて、ジャンは、泣き入りそうな声で叫んだ。

 それは、人の言葉でない言葉、大地をゆるがす咆哮。


 ゴットフリーを返せ! 海の鬼灯……僕はお前たちを許さない!


 ジャンの体が蒼く燃えた。眩し過ぎるその光が、焼け焦げたザールの花園をみるみるうちに蒼の色に染めてゆく。


*  *


 首のない白妖馬、後戻りのできない負の運命に落ちこんだ哀れな怪物。

 殺してくれ、殺してくれと、嘶きながらも、その心は殺戮を望んでいるのだ。


 長剣を真っ直ぐ白妖馬に向け、間合いを数える。タルクの額に汗がにじんだ。


 首のない馬って、どこを斬れば始末できるんだ?


 その時、突然、辺りが蒼に染まった。


 この蒼の光……ジャンか!?


 長剣がぼうっと輝き出した、タルクはそれを見て苦い笑いを浮かべた。いつの間にか、タルクの剣はジャンの力を得る術を覚えたらしい。


 あいつの力は借りたくはないんだがな……


「だが、今はとりあえず、有難いかっ!」


 タルクの長剣がうなりをあげた。からめとった空気が蒼の光と交じり合う。そして、振り下ろした切先は巨大な光の刃となって、首のない馬を切断した。


 血は一滴も流れなかった。ゴットフリーに斬られた時、それは流れきってしまったらしい。

 胴体から真っ二つに裂かれた白妖馬の体を、蒼の光が包みこんでいた。見る見るうちに、その体は光の中に溶け込んでゆく。やがて、白妖馬の形は消えてなくなり蒼の光の粒となった。 そして、それはゆっくりと浄化されながら空に上り出した。


 タルクは輝く光の粒を目で追いながら、しみじみと言った。


「首もなく、血も流れない……。お前の生きている証は死ぬことでしか示せなかったな」


 ……ジャンに感謝しな。あいつの力でお前は救われたんだ……


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