第10話 嘘の夜、当たり前の昼
怪しげな洋館の庭。
ゴットフリーに命令されたサームは、穴の中へ突き落としたジャンを、再び同じ場所へ埋め戻そうとしていた。
兄のザールはそれを止めることも出来ずに、遠巻きに眺めていた。
「おい、やめろよ。砂をかけるな!」
「あの男がもう一度、そうしろと命令したんだ。文句があるなら奴に言え!」
サームは半ばやけくそで、シャベルを振り上げた。彼の後方でゴットフリーが見つめている。逆らえなかった。彼の灰色の瞳に負の催眠術をかけられたように、サームは恐れ慄いていた。
「もうっ、やめろってばっ!!」
ジャンはかけられた砂を弾くように、右の手をぱっと広げた。その瞬間、サームの体は派手に吹っ飛ばされて、ごろごろとゴットフリーの手前を転がっていった。
「ゴットフリー、お前っ、いい加減にしろよっ!」
埋められていた穴から軽々と飛び出し、ジャンはゴットフリーの襟首をぐいと握りしめる。
サームは、おどおどとジャンを見あげた。
”こ、こいつは、あの男が怖くないのか。それに、今、俺を、飛ばした力は何だ?”
ゴットフリーは、そ知らぬ顔でジャンの手を払いのける。
「その穴の中が、快適なんじゃなかったのか」
「ずっと、土の中にいちゃ、レインボーへブンを探せないだろっ!」
その時、無言で三人の様子を見つめていた、ザールがあっと声をあげた。
「レインボーへブン!」
目を見開き、体はぶるぶると震えていた。そして、口もとを薄く開くと恍惚の表情で、ジャンに目を向ける。
「お前ら……レインボーヘブンを探してるのか」
「ああ」
「あ、あの島は伝説の島だぞ。ただの夢物語の!」
「それが、どうした? お前には関係ないだろ」
そっけないジャンの答えに、ザールはたじろぎ言葉につまった。だが、相変わらず目だけは、ちらちらとジャンの方を盗み見ている。
勘にさわる奴……ゴットフリーはザールの不審な態度に眉をひそめた。
「ジャンをこんな場所に埋めたのはお前だな。何のつもりかは知らないが、事と次第によっては、お前もそうしてやろうか」
どきりとした様子でザールは、ゴットフリーに視線を移す。
「ただし、俺は生きたまま埋めるなんて無粋な真似はしないがな」
瞬間、ザールの体が凍りついた。口元では笑っているゴットフリーの灰色の瞳の奥で、激しい怒りがうずまいている。それが、否応なしに、ザールの心臓を握りつぶそうとするのだ。
「あ……ち、違う。わしじゃ……ない」
二人のやり取りをジャンは、戸惑いながら眺めている。その時、リュカが空を指差した。
「闇が消えてゆく。夜が明けるよ」
空の向こうが、白く輝いていた。
花園にいた面々は今までの騒ぎを忘れたかのように、空を見上げた。夜明けよりも強過ぎる日差しが、嘘の夜を消し去ってゆく。
「ようやく、当たり前の昼か。おかしな住民といい、この島全体が狂ってやがる」
吐きすてるように言うゴットフリーの姿を見るなり、ザールは再び、ぶるぶると震えだした。
陽光が彼の黒の髪を紅に染め上げていた。
― ああ、この髪の色……深い闇の中で、炎が燃え広がるような激しさの ―
「黒から紅に変わる髪! どこかで見たと思ったら、お、お前、ゴットフリー隊長だな。ガルフ島警護隊の!」
ゴットフリーは帽子を黒馬亭に置いてきた事を後悔した。彼の髪につきまとう、こういう輩の奇異な眼差しにはいい加減うんざりだった。
「その台詞は、もう聞き飽きた」
「わしは、島主リリア……フェルトに会った事がある」
「ああ、そうらしいな」
白けた表情のゴットフリー。だが、彼を見つめるザールの目は好奇に満ちあふれていた。頬につけられた傷の痛みなど、すっかり忘れてしまっている。
あの髪の色。わしの手元のどんな宝より、深淵とした美しさ。
欲しい……そうだ。ガルフ島であの警護隊長を見てから、わしはずっと、あの髪が欲しかった。
古物商を営んでいるザールの興味は、完全にジャンからゴットフリーへと移ってしまっていた。
先程から沈黙していたサームは、その様子に顔を曇らせた。
また、兄者の悪い癖が始まった。兄者は、珍品には目がないんだ。だが、こいつらに手を出すのはまずい。まずすぎる。次はあの剣を本当に心臓に突き立てられるぞ。




