幕間~黒馬亭の食事会
黒馬亭の一階の食堂で、迦楼羅は、シチューをすするスプーンを止めた。
「ち、ちょっと、その話、ストップ!」
彼女の横には、双子の弟のグィンがいた。その向かい側に座る天喜は、夕食を共にしながら、彼らに昔話を聞かせていたが、呆れた顔を正面に向けた。
「迦楼羅、お行儀が悪いわよ。シチューが零れてる。ココにそんなところを見られたら、また叱られるわよ」
「母さんは、遅れて来るって言ってたから大丈夫。それに、黙ってなんていられるもんですか。だって、天喜の話に出ていた伐折羅って……」
興奮した様子の少女。隣で黙って食事を続けながら、話に聞き入っていた弟も、この時ばかりは顔をあげた。すると天喜は笑顔を浮かべ、
「まぁね、でも、あなたたちが知っている今の伐折羅は、この時の彼とは似ても似つかないし、その理由が分かるのも、ずっとずっと先の話になるわ」
「ずっと先って……」
その時、グィンが声をあげた。
「僕は天喜とゴットフリーさんたちが、初めて出会った”萬屋黒馬亭”って場所も気になるな。だって、今、僕たちがいる旅亭の名も”黒馬亭”だろ。それって、黒馬島とこの島は何か繋がりがあるってことなの?」
彼はいつも鋭いところを突いてくる。天喜は少し言葉を濁らせ、
「でもそれも……」
その時、トレーいっぱいに焼き立てのパンを乗せたフレアお婆さんが、厨房から出てきた。
「あんたたち、そんなに質問攻めにして天喜を困らせるんじゃないよ。天喜がしてくれているのは、私たちが今の平和を手に入れるまで、物すごい困難を乗り越えてきた人たちの話なんだから。そう簡単にまとめれるもんじゃないんだよ。それより、シチューのお味はどうだい?」
フレアお婆さんが言った。迦楼羅はシチューをすすって満足げな声をだした。
「フレアおばあちゃんのご自慢のクリームシチューだもんっ。美味しいに決まってる! ……あ、でも、さっきの話だと、フレアおばあちゃんもゴットフリーって人に会ったことがあるんだよね。教えてよ。ゴットフリーってどんな人だったの? グィンに似てたって、本当?」
トレーから取った焼き立てパンを頬張りながら、グィンは、フレアお婆さんに視線を移す。無言だったが、そのことには、彼も興味があるらしい。するとフレアお婆さんは、ふふふと笑みを浮かべて言った。
「ゴットフリー警護隊長は、背が高くてすらりとしていていい男だったよ。その上、頭も切れて剣の腕も確かで、本当に惚れ惚れした。たしかにグィンの雰囲気はあの人によく似てる。特にその灰色の瞳がね」
「灰色の瞳! それ、母さんも天喜もそっくりだって言ってたよね。グィンの灰色の瞳は、私も好き。澄んで綺麗なんだもん。まるで、冬の朝の光みたいだわ」
迦楼羅に顔を覗き込まれて、グィンは恥ずかしがって目を伏せた。迦楼羅とグィンは双子でも容姿はまるで違っていた。姉の髪は燃えるような紅で、目は黒い。反対にグィンは銀髪で、灰色の目を持っていた。
フレアお婆さんは、そんな双子に顔を向けて言った。
「同じ冬の朝の光でも、警護隊長の灰色の目は、研ぎ澄まされた冷たい光。グィンの目は、柔らかな優しい光。そこがちょっと違っているけどね」
その時、困った様子のグィンを見て、天喜が問いかけてきた。
「あなたの正式名の”ゴットフリー・グィン”の意味を、ココから聞いたことがあるでしょ?」
グィンはこくりと頷いた。
「うん……”グィン”の意味は”白”なんだって。だから僕の名の意味は”白のゴットフリー”。それは母さんから聞いたことがある。でも、それっていったい何なの?」
グィンは不安そうに尋ねた。天喜は優しく微笑んだ。
「それはね、あなたが生まれた時に、母さんがあなたにかけた願いなのよ。あなたがゴットフリー警護隊長のように強くて固い意志を持つ人になってほしいと。でも、あの人の背後には、いつも暗い影が忍び寄っていた。だから、ココは願った。あなたが、あの人と同じ道を歩まなくてもいいということも。だから、あなたの名には、”白”という色をつけたの。白は純真で清らかで自由な色だから。あなたには、そんな風に自分の道を選んでほしいということなの」
天喜はそう言って、グィンの頭を撫でた。
その時、
「みんな、お待たせっ。仕事がなかなか片付かなくって待たせてしまったけど、どうにか夕食に間に合ったみたいね」
ココが黒馬亭に姿を現したのだ。
「やっとココが来たんで、みんなで食事をまた始めましょうか。伐折羅の過去話の話もしたいし、その中で、白のゴットフリーの名にこめた想いもきっと分かると思うわよ」
そして、天喜は、黒馬島の話の続きを話し出した。




