表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/322

第9話 光と影

 天喜あまきの弟、伐折羅ばさらを待つ終着駅。暴走する機関車はもう、二人の目の前まで来ている。


「狂ってる、時間もあの機関車も!」

「タルクっ、突っ立ってないで、どうにかしてよ!」

 と、天喜に言われてもタルクにはなす術が見つからない。


 タルクは、半ばやけくそで長剣を鞘からひきぬいた。すると、剣から蒼い光が漏れ出しているではないか。


 ジャンの力? まだ、この剣に残っているのか?


 黒馬亭でゴットフリーと天喜を闇から助けた時、長剣からほとばしった蒼い光。あの時、確かに聞こえた。ジャンの声が。


 タルクは、仁王立ちで暴走してくる機関車を睨みつけた。そして、いきなり2メートル長の剣を振り上げた。


「ええいっ、機関車でもかまうものか、ぶった斬ってやる!!」


 機関車が通り過ぎる瞬間に、タルクは、慌てふためいている機関士に向かって声をあげた。


「飛び降りろ!! 連結部分を切り離すぞ!!」

 

 そして、飛び降りた男の姿を認めると、ありったけの力で長剣を振り下ろした。


 闇に蒼の光が炸裂する。

 地鳴りと爆音が合わさったような、凄まじい騒音。

 天喜は耳を塞いで、その場にしゃがみこむ。


 

 機関車の先頭車両は凄まじい勢いで海に突進していった。連結部分を切断されて脱線した客車は、バランスを失ってホームの反対側に転がり落ちた。

 タルクはホームにがくりと膝をついた。全身の力を長剣に吸い取られたかのように、頭も体もしびれきって、動くこともままならなかった。


 伐折羅が乗っていた客車が闇に包まれている。夜とは違った()()()()()、客車の様子をうかがう事すらできないほどの。


「伐折羅、無事なの?!」

「待て! 黒馬亭での事を忘れたのか。闇には近づくな!」


 客車に駆け寄ろうとした天喜を、タルクの太い腕が制止する。

 海鳴りの音が響いてくる。じんとしびれたタルクの耳が、その音をやっと聞き分けれるようになった時、


「何だ? あれは……」


 タルクは横転した客車の上を指差した。


 それは、渦を巻きながら暗さを増してゆく。逆に空が白みはじめてきた。くるくると回りながら、夜を絡めとりながら、深い闇は上へ上へと舞いあがる。


「え……、翼?!」


 あれは、あれは……、おかしな事にはすっかり慣れたと思っていたが、またか、またなのか

 不本意ではあったが、タルクは叫ばずにはいられなかった。


「あれは、鳥だ! それも客車を覆い隠す程の巨大な黒い鳥!」


 巨大な鳥が弧を描くほどに、夜は薄れてゆく。そして陽の光が、滲むように溢れ出してきた。

 真昼が夜に変わってから何時間がたっただろうか。やっと、戻ってきた。まともな時間とそれに見合った明るさが。



 やがて、大破した客車の姿がタルクたちの前に姿を現した。窓のガラスは一枚残らず割れ落ちて、木造の車両は転倒した衝撃で大穴があいている。

 そして、線路の脇に一人の少年が立っていた。


 消えた夜が化身したかと思うほどの漆黒の髪と瞳。


 “これが、伐折羅ばさらか”と、タルクはすぐに合点がいった。


  髪や瞳の色は違っても天喜と同じ顔、同じ背格好。……が、伐折羅には、天喜のような華やいだ感はまるでなかった。ただ、つややかな黒髪が風になびく様や、深く澄んだ漆黒の瞳は、静かな夜の湖底のように寂しく、また美しく、人の心に深く憧憬の念を起こさせた。


 光と影。天喜と伐折羅にはその言葉がよく似合った。


 天喜は伐折羅に駆け寄ると、弟の首筋をしかと抱きしめる。


「良かった。無事だったのね」

「僕の黒い鳥が守ってくれたんだ」

「ああ、良かった。あの鳥が闇を食べてくれたのね」


 ― でも、いいんだろうか。あんなに大きくなってしまって ―


 伐折羅は、上空で弧をえがく巨大な鳥の姿に、戸惑いを隠せない顔をした。


「あれは、本当に伐折羅の黒い鳥? 信じられないわ」


 怯える天喜の声が届いたのか、黒鳥は大きく羽をはばたかせると真っ直ぐ上へ舞いあがった。そして、その姿は黒い小さな点になり、完全に高い空へ消えてしまった。


*  *


「タルクったら、聞こえてるの?」


  唖然と黒鳥の行方を目で追っていたタルクだが、腕に流れたチクリと痛い感覚に我をとりもどした。


「え、ああ、つねるなよ。何なんだよ」


 天喜が彼の太い腕に爪をたてていた。その後ろには天喜の背に隠れるようにして伐折羅が、タルクの顔色を伺っている。


「ねえ、早く帰りましょうよ。機関士さんも詰所の方へ行っちゃったし、こんな場所にいつまでもいたくないわ」

「帰るって、黒馬亭にか? それより、あの鳥は何なんだよ! 剣から飛び出た黒馬といい、この島は珍獣ワンダーランドか!」

「あれは、闇食鳥やみくいどり。伐折羅の黒い鳥」

「……」


 まるで合点が行かぬ様子のタルクに、伐折羅がおずおずと口を開く。


「母さんがいなくなった日にきた鳥なんだ。あの鳥は、闇が好きで……でも、いままでは、小さな靄をかじるくらいで……闇を飲み込んでしまうなんて……信じられないよ」


 かすかに唇がふるえ、顔が青ざめている。明らかに伐折羅は見知らぬ巨漢のタルクを恐れていた。その空気を感じ取ってか、ありったけの優しい声でタルクは言った。


「母さんがいなくなった日? 親とは死に別れたんじゃなかったのか」

「お父さんは死んだけど、お母さんは行方知れずなのよ……」


 複雑なタルクの表情と、とまどった様子の伐折羅を気遣ってか、天喜はわざと明るく笑ってみせた。


「この人はね、タルクっていって私のボディガードに名乗りをあげた人! だから、怖がらなくても大丈夫。それに、こんな大入道でも気は優しいんだから」

「おい、誰が名乗りをあげたって?」

「あら、私を守ってくれるんじゃなかったの」


 鈴のような声で笑う天喜。重くなりかけた空気を換えてくれた天喜に、タルク救われた気がした。しかし、女の子って、こんな笑うものなのかと、タルクはしみじみ感心する。剣と警護隊一筋に生きてきたタルクの身近な女の子といえば、いつも無表情なリュカぐらいなものだったから。


「……まあ、とにかく黒馬亭までは送ってゆくが、その後は面倒みきれないぞ」


 あの木の下のジャンとリュカを連れて、さっさとこんな島は出ちまおう。あの黒剣に色を変えた闇馬刀……隊長を待ちかまえていたように天窓から落ちてきたではないか。きっと何か罠がある。隊長をここに長居はさせたくない。


 その時、チチチッと囀る鳥の声が聞こえてきた。


「あ、白い鳥がもどってきた」


 天喜は、空を見上げて笑顔を作る。白い鳥が天喜の肩にそっと舞い降りた。その様子を伐折羅は無言で見つめていた。

 妙に大人びて冷涼とした眼差しには、タルクを恐れた臆病さは微塵も感じられなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ