第9話 光と影
天喜の弟、伐折羅を待つ終着駅。暴走する機関車はもう、二人の目の前まで来ている。
「狂ってる、時間もあの機関車も!」
「タルクっ、突っ立ってないで、どうにかしてよ!」
と、天喜に言われてもタルクにはなす術が見つからない。
タルクは、半ばやけくそで長剣を鞘からひきぬいた。すると、剣から蒼い光が漏れ出しているではないか。
ジャンの力? まだ、この剣に残っているのか?
黒馬亭でゴットフリーと天喜を闇から助けた時、長剣からほとばしった蒼い光。あの時、確かに聞こえた。ジャンの声が。
タルクは、仁王立ちで暴走してくる機関車を睨みつけた。そして、いきなり2メートル長の剣を振り上げた。
「ええいっ、機関車でもかまうものか、ぶった斬ってやる!!」
機関車が通り過ぎる瞬間に、タルクは、慌てふためいている機関士に向かって声をあげた。
「飛び降りろ!! 連結部分を切り離すぞ!!」
そして、飛び降りた男の姿を認めると、ありったけの力で長剣を振り下ろした。
闇に蒼の光が炸裂する。
地鳴りと爆音が合わさったような、凄まじい騒音。
天喜は耳を塞いで、その場にしゃがみこむ。
機関車の先頭車両は凄まじい勢いで海に突進していった。連結部分を切断されて脱線した客車は、バランスを失ってホームの反対側に転がり落ちた。
タルクはホームにがくりと膝をついた。全身の力を長剣に吸い取られたかのように、頭も体もしびれきって、動くこともままならなかった。
伐折羅が乗っていた客車が闇に包まれている。夜とは違った深すぎる闇、客車の様子をうかがう事すらできないほどの。
「伐折羅、無事なの?!」
「待て! 黒馬亭での事を忘れたのか。闇には近づくな!」
客車に駆け寄ろうとした天喜を、タルクの太い腕が制止する。
海鳴りの音が響いてくる。じんとしびれたタルクの耳が、その音をやっと聞き分けれるようになった時、
「何だ? あれは……」
タルクは横転した客車の上を指差した。
それは、渦を巻きながら暗さを増してゆく。逆に空が白みはじめてきた。くるくると回りながら、夜を絡めとりながら、深い闇は上へ上へと舞いあがる。
「え……、翼?!」
あれは、あれは……、おかしな事にはすっかり慣れたと思っていたが、またか、またなのか
不本意ではあったが、タルクは叫ばずにはいられなかった。
「あれは、鳥だ! それも客車を覆い隠す程の巨大な黒い鳥!」
巨大な鳥が弧を描くほどに、夜は薄れてゆく。そして陽の光が、滲むように溢れ出してきた。
真昼が夜に変わってから何時間がたっただろうか。やっと、戻ってきた。まともな時間とそれに見合った明るさが。
やがて、大破した客車の姿がタルクたちの前に姿を現した。窓のガラスは一枚残らず割れ落ちて、木造の車両は転倒した衝撃で大穴があいている。
そして、線路の脇に一人の少年が立っていた。
消えた夜が化身したかと思うほどの漆黒の髪と瞳。
“これが、伐折羅か”と、タルクはすぐに合点がいった。
髪や瞳の色は違っても天喜と同じ顔、同じ背格好。……が、伐折羅には、天喜のような華やいだ感はまるでなかった。ただ、つややかな黒髪が風になびく様や、深く澄んだ漆黒の瞳は、静かな夜の湖底のように寂しく、また美しく、人の心に深く憧憬の念を起こさせた。
光と影。天喜と伐折羅にはその言葉がよく似合った。
天喜は伐折羅に駆け寄ると、弟の首筋をしかと抱きしめる。
「良かった。無事だったのね」
「僕の黒い鳥が守ってくれたんだ」
「ああ、良かった。あの鳥が闇を食べてくれたのね」
― でも、いいんだろうか。あんなに大きくなってしまって ―
伐折羅は、上空で弧をえがく巨大な鳥の姿に、戸惑いを隠せない顔をした。
「あれは、本当に伐折羅の黒い鳥? 信じられないわ」
怯える天喜の声が届いたのか、黒鳥は大きく羽をはばたかせると真っ直ぐ上へ舞いあがった。そして、その姿は黒い小さな点になり、完全に高い空へ消えてしまった。
* *
「タルクったら、聞こえてるの?」
唖然と黒鳥の行方を目で追っていたタルクだが、腕に流れたチクリと痛い感覚に我をとりもどした。
「え、ああ、つねるなよ。何なんだよ」
天喜が彼の太い腕に爪をたてていた。その後ろには天喜の背に隠れるようにして伐折羅が、タルクの顔色を伺っている。
「ねえ、早く帰りましょうよ。機関士さんも詰所の方へ行っちゃったし、こんな場所にいつまでもいたくないわ」
「帰るって、黒馬亭にか? それより、あの鳥は何なんだよ! 剣から飛び出た黒馬といい、この島は珍獣ワンダーランドか!」
「あれは、闇食鳥。伐折羅の黒い鳥」
「……」
まるで合点が行かぬ様子のタルクに、伐折羅がおずおずと口を開く。
「母さんがいなくなった日にきた鳥なんだ。あの鳥は、闇が好きで……でも、いままでは、小さな靄をかじるくらいで……闇を飲み込んでしまうなんて……信じられないよ」
かすかに唇がふるえ、顔が青ざめている。明らかに伐折羅は見知らぬ巨漢のタルクを恐れていた。その空気を感じ取ってか、ありったけの優しい声でタルクは言った。
「母さんがいなくなった日? 親とは死に別れたんじゃなかったのか」
「お父さんは死んだけど、お母さんは行方知れずなのよ……」
複雑なタルクの表情と、とまどった様子の伐折羅を気遣ってか、天喜はわざと明るく笑ってみせた。
「この人はね、タルクっていって私のボディガードに名乗りをあげた人! だから、怖がらなくても大丈夫。それに、こんな大入道でも気は優しいんだから」
「おい、誰が名乗りをあげたって?」
「あら、私を守ってくれるんじゃなかったの」
鈴のような声で笑う天喜。重くなりかけた空気を換えてくれた天喜に、タルク救われた気がした。しかし、女の子って、こんな笑うものなのかと、タルクはしみじみ感心する。剣と警護隊一筋に生きてきたタルクの身近な女の子といえば、いつも無表情なリュカぐらいなものだったから。
「……まあ、とにかく黒馬亭までは送ってゆくが、その後は面倒みきれないぞ」
あの木の下のジャンとリュカを連れて、さっさとこんな島は出ちまおう。あの黒剣に色を変えた闇馬刀……隊長を待ちかまえていたように天窓から落ちてきたではないか。きっと何か罠がある。隊長をここに長居はさせたくない。
その時、チチチッと囀る鳥の声が聞こえてきた。
「あ、白い鳥がもどってきた」
天喜は、空を見上げて笑顔を作る。白い鳥が天喜の肩にそっと舞い降りた。その様子を伐折羅は無言で見つめていた。
妙に大人びて冷涼とした眼差しには、タルクを恐れた臆病さは微塵も感じられなかった。




