第8話 紅の花園
「なぜ、お前がついて来る?」
凍てつく灰色の瞳が向けられた時、サームは、びくりと体をこわばらせた。
「こ、ここらあたりは、俺の兄者の土地だからな。しっかり、見張っておかないと、あんたらみたいな、おかしな奴等に荒らされちゃあたまらん」
だが、ゴットフリーの意識はサームではなく、前方の丘に見えてきた大木に向けられていた。ジャンが寝るといって横になっていた、あの大木だ。
「ん、木の下に誰かいるぞ」
サームは一瞬、まずい場所に居合わせたような気がした。そこには一人で泣きじゃくるリュカがいたのだ。
「おい、俺を呼んだか」
泣いていようが笑っていおうが、一向に興味がない。少女に向けられたゴットフリーの言葉は冷ややかだった。
「ううん……多分、呼んだのはジャン」
「また、あいつか」
タルクと天喜が、弟を迎えに萬屋黒馬亭を出た後、ゴットフリーはジャンを置いてきたこの場所が気になって仕方なかったのだ。自分を呼んでいる。胸騒ぎをおこさせる……そんな馬鹿げたことをする者は、この得体の知れない娘かジャンに決まっているのだから。
「ジャンは、花畑に埋められた」
「何っ? どういう事だ」
「男がジャンを花畑に埋めた」
リュカは、丘の下に見えている黒瓦葺きの屋根の洋館を指さした。
「馬鹿な!」
そう言い終わらないうちに、もう、ゴットフリーは洋館に向かって駆け出していた。ほのかに感じていた嫌な予感のせいもあったが、もともと判断と行動が並外れて早いのだ。
あの氷のような男があんなに慌てるなんて……しかし、あの屋敷はまずい。兄者、また、何かやらかしたな。
サームは、苦々しい顔でゴットフリーの後を追った。
* * *
不条理な真昼の夜は、まだ、明ける気配すらみせない。かすかな街灯の光の中に、洋館の黒い影だけが浮かび上がっている。幽霊屋敷のようなその姿には、陰鬱という言葉がぴったりと当てはまっていた。
「ここか!」
ジャンが埋められた場所……ゴットフリーには、手に取るようにその位置がわかった。迷惑以外の何ものでもないが、ジャンに言わせれば“同調”しているそうなのだ。彼とゴットフリーは。
洋館の隣にある敷地――鍵をかけ忘れたのだろうか、少しばかり開いた扉から花の香りが流れてくる。
「待て! その扉を開けるな!」
サームが声をあげたのは、ゴットフリーが敷地の中に足を踏み入れた時だった。
― 紅い花園 ―
一瞬ならば、香しかろう花は、次の瞬間、むせ返るようにきつい刺激臭となった。
サームを尻目に、ゴットフリーは、紅の花の中を走っていった。
そして、花園の中央に不自然に盛られた土山を見つけると大声で叫んだ。
「まだ、土がやわらかい。ここを掘るんだ!」
「なんで、わしが……」
「つべこべ言わずにさっさと掘れ!」
サームは投げつけられた視線に、一瞬、凍りつく。
ヤバい……この男の目、“逆らうと絶対に殺される”
サームは、びくびくと震えながら、置きっぱなしにされていたシャベルに手を伸ばした。
埋められた穴を掘り返すのは容易だった。土が軟らかい上に穴自体はそれほど大きいものではない。サームが少し掘り進んだところで、そばで見ていたリュカが指差す。
「そこにいる」
土の中に白い手が見えた。
「そこを退け!」
サームを追い出すと、ゴットフリーは穴の中に飛び込み素手で土を掘り起こした。やがて、人の頭が土塊の中から現れてきた。あせった様子でその顔面にかかった砂を払い落とす。
ぐったりと意識がなく、小麦色の髪も、日に焼けた肌も全部が土色に染まっていた。ジャンだ。ゴットフリーはジャンを土の中から引きずりだすと、その頬を叩いて言った。
「ジャン、息をしてるかっ。まったく、何でこんな場所に埋められたっ!」
その時だった。
「貴様ら、人の土地で何してるっ!」
紅い花園の持ち主――痩せぎすで赤毛の中年男が大層な剣幕で駆けてきた。
「兄者!」
「サーム、お前の客か。ここには入るなと前から言ってあるだろう!」
「ち、違う。ザール兄……こいつらが勝手やって来たんだ。わしはそれを止めようと思って……」
ザール兄? この男。黒馬亭で名前が出ていた古物商か……リリアと面識があったという。
ゴットフリーは、上目使いに男を見る。痩せてはいるが同じ顔、おそろいの目障りな赤毛……こいつら双子か。兄も弟と同様、最低ランク。しかし、兄のどんより腐ったような目には、何か異様な感がある。
「あいつがジャンを埋めた男か?」
だが、リュカはそれには答えずに、ジャンの方を指差した。
「目を覚ましたみたい」
「何?」
腕に抱えたジャンに視線をもどすゴットフリー。
「あー、よく寝た」
「……」
「あれ、ゴットフリー? それに、俺、何でこんなに土まみれなんだ?」
「お前、何でもないのか……生埋めにされて」
解せぬ表情のゴットフリーを見て、ジャンはにこと笑顔を見せる。
「いや、どちらかというと、すごく楽!土の中だとかえって力がわいてくる」
……そうか、こいつはもともとは、レインボーヘブンの大地……
満面の笑顔のジャンを無造作に地面に放り投げると、ゴットフリーはサームに向かって、はき捨てるように言った。
「もう一度、こいつをここに埋めてやれ!」




