第7話 伐折羅の黒い鳥
「なにが起こったの? なんで真っ暗?」
「まだ、お昼なのに……」
「太陽が消えてしまったんだ……こんなのおかしすぎるよ」
子供たちは唖然と空を見上げた。車両はたったの一つの機関車。乗客は黒馬島で唯一の学舎から数ヶ月ぶりに家に帰る十人ほどの子供たちだけだった。子供たちは怯えて震え出し、泣き出す者もいた。
― ちがう。太陽はいつもの場所にあるんだ。ただ、闇がそれを覆い隠している ―
車両の一番後ろで、伐折羅は漆黒の瞳を闇に向けた。
怖がる子供たちをなだめるように、機関士が言った。
「だ、大丈夫だ……。みんな心配するな。駅にお父さんたちが迎えにきてるから」
だが、その彼自体も額には冷たい汗をびっしりとかいている。
「伐折羅んとこは……迎えは無理か。一人でも平気か?」
心配げな機関士にむかって、こくんと一つうなづくと、少年は闇を見つめ続けた。
伐折羅に両親はいない。親代わりは萬屋と古物商を営んでいる叔父二人だ。だが、彼らは、親と呼ぶにはあまりにも強欲すぎた。
学舎へ通う子供の中で終着駅まで行くのは、伐折羅一人だ。機関車が駅に止まると、他の子供たちは彼一人を残し、先を争うように親の元へ走っていった。
みんなは気づいていないけど、小さな闇は、しょっちゅう島に現れていたんだ。でも、昼の光を消してしまうなんて……こんなに不安。……そう、怖い。こんな時は誰だって怖いんだ。
でも、僕は……。
体は怯えていた。だが、心とは裏腹にその口元には薄い笑みがこぼれている。体の芯が無意識のうちに感じている歓喜。深くたちこめた霧の向こうから、ずっと待ち焦がれていた何かがやってくるような。
だが、伐折羅は、その思いをはっきりと自分の中に感じ取るのを拒むように頭を振り、再び窓の外に目をやった。
天喜は、大丈夫だろうか。怖がって、泣いていないだろうか。
その時、機関車の側面に黒い影のようなものが舞いあがってきた。はっと、気付くと伐折羅は窓の外に身を乗り出し、空に向かって高く右手をかざした。
「お前か。僕を迎えに来てくれたんだな」
チチチッと、囀る声が耳に心地よく響いてくる。指にふれる黒い羽毛のふわりとした感触。伐折羅は、透き通るような笑顔を見せた。
お前は、僕の……
― 伐折羅の黒い鳥 ―
* *
終着駅
昼の闇。理不尽な時間の中でタルクと天喜は、伐折羅が乗った機関車が来るのを待っていた。手に持ったカンテラの光が天喜の水密糖の頬をちらちらと照らしている。
本当に綺麗な娘だな。
心の中を悟られまいと、タルクはわざと閉口したように言った。
「なんで俺がお前の弟をお迎えしなきゃいけないんだ」
「だって、こんな危なげな中で、私一人で待てというの」
天喜はきつい口調で言い返した。巨体のタルクだが、すっかり天喜の下僕と化している。
「別に待たなくたって、弟とやらに一人で帰ってこさせればいいじゃないか」
「とんでもないわ! あの子が家に帰ってくるのは本当に久しぶりなのよ。それでなくたって、伐折羅は怖がりやなのに、こんな怪しい日に、あんな臆病な子を一人で帰らせるなんて、絶対にできないわ」
ずい分、過保護な弟なんだな……。しっかし、いつの間にか、すっかり、この娘の世話役に収まっちまった。こんな事なら、隊長にもう少し気をつかえなんて言うんじゃなかった。
隊長を黒馬亭に残して、こんな場所に来るのは嫌だったのにと、タルクは、仏頂面で線路の先に目をやった。
機関車の姿はまだ見えない。辺りには、星も月もない嘘の夜。だが、あまりにも穏やかで少しの危険も感じさせない。駅に隣接した海から響く小波の音は眠気さえも誘い出す。タルクは機関車を待っているのが退屈になって、もっぱら興味の対象は隣の美人だけだった。
「なぁ、天喜。学校へ行ってるったって、弟だろ? お前は行かなくていいのか」
そんな風にタルクに言われて、天喜は、一瞬、言葉をつまらせた。
「……学校は、寄宿舎制で学期が終わるまで家には帰れないし、ここらあたりでは頭のいい子しかいかないのよ。私たちは親もいないし、お金だってかかるでしょ。それに、弟といっても双子だもの。伐折羅と私は」
「ははあ、なるほど、弟は優秀でお前さんは、……でもないわけか」
からかうような笑みに、天喜は口篭もってしまった。タルクはあわてて場をとりもとうと、すっとんきょうな大声をだした。
「まー、学校なんて、俺の家なんて誰も行ってなかったしな! こんな俺でも剣一本で、なんとかなったんだ。親と死に別れたかなんだかわからんが、お前なんざ、とびきりの器量良しなんだから、気にすることなんか何もないぜ」
「本当にそう思う?」
「あ、でも、勉強はした方がいいぞ。やっぱり馬鹿より頭のいい方がいいに決まってる」
必死にまくし立てる大男を見て、天喜は思わず吹き出してしまう。
「タルクって、見かけは大入道だけど、実はいい人でしょ」
天喜の言葉にタルクは思わず赤くなる。天喜はその姿を見て、鈴のような音色の声をあげて笑った。
「それに比べて、あの男……タルクはよくあんなのと一緒にいるわね」
「あんなのって……隊長のことか? お前を助けてくれたのはあの人じゃないか」
「だって、怖いんだもの」
何とかゴットフリーの印象をいい方に引き上げたい。だが、“怖い”といわれてしまえば、否定する言葉が見つからない。凍てつくような灰色の瞳。何年一緒にいても、あの眼光には身の縮まる思いがする。
「タルクはあいつが好きなの?」
「好き……とかじゃなくてだなー。そういうんじゃなくて……」
言葉じゃ何とも説明ができない。
「それより、問題はこの闇だろ? お前、何か心あたりはないのか」
「心あたりは……なくもないんだけど」
「心当たりがあるのか!?」
天喜の答えはタルクには意外だった。
「家のすみっこや、階段の下とかよ。私と伐折羅は小さな頃からよく、見かけていたの。でも、とても小さくて手で払いのけるとすぐに散ってしまうんで、それがおもしろしくて、よく二人で遊んでた。ぜんぜん怖くもなかったし」
「それが、今日、お前を飲み込んだ闇なのか?」
「……わからない」
「あの黒馬に化身した神剣の名にも、“闇”の文字がついていたな。確か“闇馬刃”。この島と闇は何か因縁でもあるのか」
「そんな話は聞いた事もないわ」
その時、線路の向こうから、汽笛の音が響いてきた。タルクはほっとした気分になって線路に目を向けた。
「来たかっ! いやっ、あの機関車、走りすぎだろっ!」
車輪が火花を吹いている。斜めに傾きながら車両が迫ってくる。
暴走しているんだ。あの機関車は!




