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第6話 真昼の闇

天喜あまき!」 


 サームは、泣くような声をあげて天喜の名を呼んだ。

 だが、天喜がいた場所には、闇の帯が竜巻のように渦を巻いている。


 だめだ。とても、近づけない。天喜は闇の餌食にされたんだ。闇馬刀を天窓から出したから、これは天罰だ。


 その時サームの後ろで突風が舞い上がった。タルクの長剣が闇に向かって振り下ろされたのだ。


「うわああああああっ!!」


 タルクは天喜に対して責任があった。 ― それならば、お前が気を使ってやれ ― と、言ったゴットフリーの言葉がタルクの心を捉えて離さない。


 あの娘は俺が助ける。


 だが、タルクが渾身の力をこめて振り下ろした長剣は、いとも簡単に闇の壁にはじき飛ばされてしまった。ゴットフリーは、自分が投げ捨てた闇馬刀を探して床に目をやった。ところが、その姿はどこにもない。


「くそっ、あの剣、黒馬に変化したか!」


 仕方なく、店にあった適当な剣に手を伸ばした時、

 


 ― 剣を探す暇があったら、早くあの娘を助けてやれよ ―



 背後からの声にゴットフリーは、一瞬、虚をつかれた。



 ― 剣などなくともいけるだろ?なんせお前は、()()()()だからな ― 



「この声、ジャンか! お前、どこにいる!」



 ― そんな事より、早く行け!あの娘、死んじまうぞ。この唐変木とうへんぼく! ― 



「お前に言われなくてもっ!」


 ゴットフリーは、そう言い捨てるとサームとタルクの間をかいくぐるように通りぬけ、闇の渦の前に出た。そして、天喜を捕らえているそれに向かって無造作に手を伸ばした。


「前が見えない……。私、闇の中にいるの? 嫌だ! 出してよ、誰か助けて!」


 天喜は闇の檻に囚われていた。夜とは違う全くの暗黒。自分以外は誰もいなくなってしまった無の世界。それなのに、息をすると蒸せるような空気が胸を支えさせる。


 苦しい、息ができないわ。


 それは、天喜が生まれてこのかた感じた事のない恐怖だった。


 釣り上げられた川魚

 網にかかった紋白蝶

 

 傍観し、楽しんでさえいた物の死が、今は自分の身近にある。


「死ぬのは嫌っ、誰か助けて!」


 天喜は、もがきながら闇の中で叫んだ。だが、その声に答えは返らない。

天喜はなす術もなく泣き出した。その時だった。目の前がいきなり、白く裂けたのだ。


「こっちへ来い!」


 長い五指を広げた手が、裂け目から天喜を呼んだ。驚く間もなく、その手は天喜の腕を掴み、有無をいわざず自分の方へぐいと引き寄せる。とたんに、白い裂け目が大きく広がった。

 天喜は呆然と手の主の姿を見上げる。

 

 凍てつくような灰色の瞳……この男は、ゴットフリー!


 怖い。この瞳はとても怖い……でも


 天喜はゴットフリーを怖いと思った。だが、それは闇の中の震え上がるような恐怖とはかけ離れた感覚だった。

 

 それでも、この懐にいれば……きっと免れる。死や得体の知れないこの闇から!

 天喜は震えながらもゴットフリーに、しかとしがみついていた。




 闇は弾かれていた。

 それは、ゴットフリーと天喜の回りを取り巻き触手を伸ばしてきたが、どうしても二人に近づく事ができない。けれども、その均衡は徐々に崩れ出していた。ゴットフリーは苦笑した。


 さて、どうすればいい? この闇は剣で斬れるような代物ではないぞ。


 一方、タルクはゴットフリーと天喜の後方で、長剣を構えたまま立ち尽していた。

 

「俺はなんとしても助ける、助けたいんだ……隊長もそしてあの娘も!」


 その時だった。



 ― 大丈夫。お前の長剣でぶった斬れ! ゴットフリーもろとも、ふっとばしてもいいんだぞ ― 



 再び、響いてきた声にタルクは、訝しげに眉をしかめた。


「お前、ジャンだな。ふざけてないで出てきて手伝えっ!」


 

 ― 手伝うから、早くやれっ!! ― 



 タルクは、不満げにちらりと目を動かしてみたが、ジャンの姿はどこにも見えない。


「畜生!あんな奴は無視だ。隊長、伏せろっ、俺がその闇、ぶった斬ってやるっ!」


 大声で叫ぶとタルクは、長剣を高く振りかざした。

 ゴットフリーは、ちらりと闇の狭間からタルクを見やるとかすかに笑った。自分にしがみついている天喜の頭をぐいと押し下げる。と、同時に、自らも身を低くした。その瞬間、


「うおおおおおおおおっ……!!」


 タルクの雄叫びと共に長剣が空気を横一文字に切り裂いた。

 爆風がゴットフリーの頭上を通り抜けてゆく。

 そして、その後を追うように蒼い光が炸裂した。


  びくりと一瞬、闇が震えた。

  そして、突然、飛散した。


 後に残ったものは、静寂と……月も星もない……闇とは違う、まるで毒気のない夜だった。



*  *


「夜なのか? 確か今は、真昼だったな……」


 ゴットフリーは、床から立ちあがると、訝しげに窓の外を見やった。天喜は、小刻みに震えながらその足元にすがりつく。ゴットフリーは、閉口したように眉をしかめると、灰色の瞳を天喜に向ける。


 怖い。でも、この男から離れるのは嫌……。


「ひいいぃぃあああっっ……」


 天喜は混乱し、訳のわからぬ声をたてだした。


 すると、ゴットフリーはいきなり天喜をどんと後ろへ突き飛ばし言う。


「タルク、お前の役目だろ」


 ゴットフリーの後ろへ控えていたタルクは、大慌てで、天喜の体を手で支えた。大きな手は暖かかった。はっと我にかえると、天喜はタルクの顔を見やった。


「おい、大丈夫か」


 気のよさそうなタルクの顔が、心配げに天喜を見つめている。天喜は心底ほっとした。そして、その大きな胸に顔をうずめると、放心したように泣き出した。



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