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第5話 黒い馬

 萬屋黒馬亭でぎらりと輝きながら、黒馬島の宝剣、闇馬刀やみばとうは店の床に刃を突き立てていた。


「ああ……なんてこと!」


 天喜は手足の震えを止めることができない。陽光に照らし出されたゴットフリーの顔面が真紅に染まっている。天喜はその時、彼が真上から落ちてきた剣に貫かれたと思ったのだ。

 だが、その男は倒れもせず、天窓の下にまっすぐに立っていた。そして、静かに足元に刺さった剣に手を伸ばした。


 天窓の光が再び翳った時、


 え? 血の色が……黒く……変わった?


 天喜は唖然として前に目をやった。ゴットフリーの髪は陽光にさらされると、黒から紅に色を変える。その様が彼女には血のように見えていた。

 ゴットフリーは、剣の柄をつかむとふと口元をゆるめ、タルクを上目使いに見やる。

 そして、小気味よさそうに笑った。


「望むまでもない。この剣自ら、俺の元へやってきたのだから」


 そう言い放つと、床から一気に闇馬刀を引き抜く。

 その瞬間、剣は、切先から急速に色を失い始めた。そして、それに逆流するかのように、黒い閃光が刃の上に溢れだした。


 そんなっ!? 闇馬刀が……


 天喜は驚愕に身を震わせた。その光景を以前、目の当たりにしたタルクでさえ、呆気にとられ立ち尽くしている。


 剣の色が変わった……ガルフ島で隊長とジャンと戦ったあの時とまるで逆に……白銀から黒刀へ!!



「そうか、黒剣に紅く変わる髪! お前、ガルフ島の警護隊長だな。確か、島主の息子……ゴットフリー」


 こわばった顔のサームを、ガルフ島警護隊長は怪訝そうに睨めつける。


「なぜ、俺を知っている? こんな外海の島で知られるほど、俺の名は有名ではないはずだが」

「わしの兄者が行ったことがあるんだ、ガルフ島に。随分、前の話だが……その時にえらく変わった奴を見たと……若いのにただならぬ雰囲気の」


「俺がその変わった奴か?」


 ゴットフリーは、くすりと苦笑いをして言葉を続ける。


「しかし、妙だな、ガルフ島はよそ者の入島には厳しかったはず。お前の兄はよく、あの島に入れたな」


 その時、言葉をはさんできたのはタルクだった。


「もしかして……お前の兄っていうのは、あの古物商じゃないか? リリア様が気に入って、特別に入島を許した……外海の珍品を見せるとかいう条件で」

「ほお、長剣の兄さんは兄者を覚えてくれてるのか。その通りだ。兄者の名はザール。岬の先の洋館に住んでいるんだが、この界隈の海の珍品を収集する、ちょっとは有名な古物商だ」


 ゴットフリーは小馬鹿にした笑いを浮かべる。


「兄は古物商で弟は萬屋か。ろくなもんじゃないな。ここの商品は兄からの流れ物……そして、娘はポン引きまがいか」


 天喜は外海の見知らぬ男の言葉に顔を真っ赤にして、小さく震えている。タルクは、また天喜が泣き出しはしないかと、はらはらのし通しだ。


「余計なお世話だ! それに天喜はわしの姪っ子だ、娘じゃねえ。ぐたぐた言ってねえで、その剣をとっとと、こちらへよこしな!」


サームは、黒衣の男から闇馬刀を奪い取ろうと手を伸ばした。が、その瞬間、見えない火花に触れたかのように後ろに飛びのいた。


「お前!闇馬刀に何をした?! 握るどころか触れもできねえ……体がしびれちまって。この剣の色といい……お、お前、まさか、黒魔術師か!」

 

 ゴットフリーは、白けた様子で、闇馬刀の切先を小市民を絵に描いたような萬屋の主人に向けてみる。すると、サームはびくりと体を強張らせ、後ずさりをする。

 沈黙が、不安と合いまみれながら、《萬屋黒馬亭》に広がっていった。天喜は空気の重さに堪えかね、タルクの肘をつんと突つくと小声で囁いた。


「あの嫌な奴、本当に黒魔術師? 闇馬刀にしても、髪の色にしても……あいつ、バケモノじみてる」


 タルクは、困ったように笑うと天喜を軽く制した。


「隊長は嫌な奴でもなければ、黒魔術師でもないぞ。ましてや、バケモノなんてとんでもない!」


 そして、付け足すように言った。


「俺らの船には、もっとバケモノっぽい奴が乗ってる」


 天喜は、きょとんとタルクを見つめる。花屋で客引きをしている時の笑顔より、その表情の方がずっといい。タルクは、本気でそう思った。だが、同時にサームとかいう粗野な店主に、これ以上ゴットフリーの相手をさせるのは酷な話だ……とも考えた。二人はあまりにも格が違い過ぎる。

 タルクは、思い余って二人の間に入ってゆこうとした。が、一歩踏み出したとたん、その場につんのめって床の上に転がってしまった。


「な、何だ?」


 タルクは狐に化かされたようにきょとんとしている。

 


 ― おい、誰がバケモノだって? ―



 背後から誰かの声がする。タルクは、きょろきょろと辺りを見渡してみた。だが、声の主の姿はない。


「タルク、何を遊んでいる?」


 手にした黒剣をカウンターに置くと、ゴットフリーは訝しげにタルクを見やった。


「い、いや、遊んでいるわけではなくて……」


 タルクが、カウンターの方に戸惑ったような視線を送った時、ゴットフリーがはっと表情を変えた。


 かたかた……かたかたと


 闇馬刀が震えている。

 すばやく闇馬刀を手にとると、ゴットフリーは黒い刀身を目前にかかげた。

 

 剣の中から何かが来る……

 

 黒剣に変化した闇馬刀の刀身には、その名のごとく、暗黒の闇が広がっていた。だが、その灰色の瞳には、闇の奥へと続く一本の道が見えたのだ。

 そのはるか先の消失点から……何かが道をやってくる。小さな黒い点が、速度を増しながら、まっすぐにこちらへ駆けてくる。


「馬だ! 黒馬が剣の中を駆けて来る!!」


 ゴットフリーの叫びに、《萬屋黒馬亭》の面々は唖然と闇馬刀を見すえた。


「た、隊長、冗談もほどほどに……」


 タルクは、軽く笑いながら隊長の横へ歩み寄った。だが、その時

 一瞬、時が止まったようにあたりに静寂が広がった。


 どこか遠くから聞こえてくる蹄の音。それが、大きく響きだした時、

 闇馬刀はゴットフリーの手の中で大きく揺れ出した。


《萬屋黒馬亭》さえもが震えている。


「タルクッ! 伏せろ!」


 闇馬刀を投げ捨てると、ゴットフリーはタルクを力まかせに床に押し倒した。


 旋風……そして、

 影のような、闇のような……巨大な黒馬が

 ゴットフリーとタルクの上を霞めるように、飛び越えて行く!


 ゴットフリーは信じられない面持ちで、その姿を目で追った。


 黒い大地! この島に着いた時、俺たちの船の上に突然現れた断崖の屋根。あの黒だ……あれと同色の黒馬!


 黒馬は、《萬屋黒馬亭》の窓ガラスを突き破ると、矢のような早さで外に飛び出していった。

 窓に続く店の壁は、大音響と共にがらがらと崩れ出した。

 崩れおちた壁に恐る恐る歩み寄り、天喜は空を見上げた。そして、小さく声をあげた。


「空が……青空が……闇に攫われてしまう」


 暗幕を引くように、闇は東から青い空を覆い隠していった。巨大な影の下で真昼の光は急速に翳り出し、そして、空は不自然に暗に色をかえてゆく。

 かろうじて西の空の一角だけに、青の光が残っていた。天喜はその空へ誘われるようにゆっくりと一歩、歩を進めた。


「だめだっ、外へ行っては!!」


 タルクが叫ぶ間もなく、天喜は闇の中へ消えてしまった。


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