第3話 天喜の白い鳥
「いらっしゃい。お待ちしておりました」
ゴットフリーとタルクが店の扉を開けたとたん、中から花の香がどっと流れ出してきた。
そして、沢山の花篭に囲まれ満面の笑顔で二人を迎えたのは、少女、天喜だった。
「何だ? ここは花屋だったのか」
「違う、違う。ここは萬屋。でも、入口は私、天喜の花の店なの。お兄さんたちは、きっと恐ろしげな武器か何かをお求めなのでしょ。でも、たまにはお花もよくってよ」
こぼれおちそうな笑顔で天喜は、二人を見やる。
蜜のような甘い声音、白桃の色合いをした頬。琥珀色の瞳。そして、自然に伸びた薄い褐色の巻毛が、その背中で揺れるたびに、辺りの空気を花の香に染めてゆく。年はジャンと同じくらいだろうか。
タルクは意味もなく赤面してしまった。
だが、可憐な微笑みの奥で、天喜は見知らぬ客をしたたかに観察していた。
“こいつら、いったい何者? あの大男の剣の長さったら、どう? もう一人の方は……ちょっといい男ね。若く見えるけど、着ているものは上等。いずれにしたって、この島に観光客がくるわけでなし、流れ者の武人ってところかしら”
「そこのお兄さん、きっとかわいい恋人がお帰りを待っているのでしょ。いかがです? 今の季節はコスモスが綺麗よ」
“どうせ客なんてほとんど来やしない。こいつらをうまく手玉にとって、大枚はたかせてやるわ”
ゴットフリーは話しかけてきた天喜に、あからさまに嫌な顔をする。
「花には興味がない。恐ろしげな武器ってやつには用があるがな」
「あーあ、つれないのね」
天喜は再び、華やかに笑った。
店の奥のカウンターでは、小太りで赤毛の中年男が天喜を見つめて、にやりとほくそえんでいた。どうも、この店の店主らしい。
「お兄さんって、海兵でしょ。きっと極悪な海賊たちを蹴散らしてる海の英雄ね。私ね、前からあこがれてたんだぁ、そういう、素敵な人に」
天喜が甘ったるい声を出す。だが、ゴットフリーは、軽蔑の色をあらわにして天喜を睨めつけた。
「……その小賢しい口を閉じろ。下衆な笑顔も止めろ」
灰色の瞳が自分に向けられた時、天喜はひやりと背筋が凍りついた。
“怖い。心の奥をみすかされているようで……この人の瞳は、とても怖い”
天喜の心臓の鼓動がどくんどくんと波打ち出した。体が震える。無意識に零れだした大粒の涙が、白桃色の頬をつうっと流れ落ちた。
「わ、わっ! 泣くな。お嬢さん」
慌てたタルクは、天喜のそばに大急ぎで歩み寄る。
「隊長、ちょっとは気を使って下さいよ……隊長に睨まれたら大の男だって、びびっちまうっていうのに……」
「なら、お前が使ってやれ」
うろたえるタルクを尻目に、ゴットフリーはぷいとそっぽを向いてしまった。
「隊長ぉーー」
天喜はタルクの後ろに隠れるようにしてベソをかいている。その時、
チチ……チチチ……
店の天井から鳥の囀りが響いてきた。
ゴットフリーはその方向を見すえ、目を細める。
天窓だ。剣が据えられた……天窓。あの剣は一体……そしてあの鳥は?
「ああ、あれは、私の白い鳥。そして、あの剣は黒馬島の宝剣、闇馬刀」
天喜の顔にようやく笑みがもどった。
* * *
黒馬島の岬の近く、大木のある丘にジャンとリュカはいた。
さらさらと潮風が吹いてくる。
じゃあ……な。
リュカは足元にふわりと通り過ぎてゆく感触に、小さく手を振った。
再び、ジャンに目を移そうとした時、リュカははっと、強張った顔をした。丘の向こうから、見知らぬ男がやってくる。リュカは慌てて大木の裏側に身を隠した。
痩せぎすで赤毛の中年男は、大木の下で眠っているジャンを見つけると、驚いた顔をした。だが、すぐに彼の元に歩み寄ってきた。
男はジャンの頬を軽く手のひらではたいてみる。だが、死んだように動かない。
すると、次にはジャンの肩に両手をまわし、その体を起こしにかかった。
ジャンの体は、軽かった。まるで赤子のように。
「すげえ! また、見つけちまった。また、俺は見つけた!」
大木の裏にいるリュカと男の距離は、手を伸ばせば届くほど近い。リュカの心臓の鼓動が激しく鳴り響いた。
「また、埋めなくちゃ。また、埋めなくちゃ」
男は、ジャンをひょいと背負うと、意味不明な言葉をつぶやきながら元来た道を歩き出した。
リュカは困惑しながら、その後姿を目で追う。
つんと鼻を刺激する残り香がある。
これは、花の香り。この丘に来るときに潮風が運んできた花の香り……。
* *
萬屋黒馬亭で、ゴットフリーは解せない様子で巨大な天窓に目をやった。
「闇馬刀? 宝剣といったか。ということは、あの天窓はただの飾りではないな」
ゴットフリーは、つかつかと店の奥の天窓の下へ歩いて行く。
だが、
「待ちなよ。兄さん、あれは売り物じゃねえ」
しゃがれたような声が、彼の邪魔をした。
「お前は?」
「ここの店主のサームだ。剣が入りようなら、これなんかどうだい? この店自慢の一品だ。柄の装飾は象牙と金。この界隈でも折り紙付の彫物師の作だ」
ゴットフリーは気のない視線をサームに送る。
「装飾などは、問題外だ。何よりも俺が剣に求めるのは、その殺傷力だ」
サームの差し出した剣を目で拒絶すると、ゴットフリーは踵をかえして、天窓の下へ歩いていった。上を見上げ、にやりと笑う。
やはりな……
― 闇馬刀 ―
刀身は鏡のように輝き、その切れ味の鋭さは疑う余地もない。天窓の剣はゴットフリーが求めた剣、まさに、そのものだった。




