第41話 計画
妙に湿っぽくなってしまった部屋の空気に、ラピスはいたたまれない気持ちでなす術もない。とりあえず、放っておくこともできずココの近くに膝を折ってその頭に手をおいた。
「ココ、そんなに泣くなって……お前らしくもない」
「だ、だって……ジ、ジャンが、私を知らないって……あんなに心配してくれてたのに……あんなに仲良しだったのに……」
必死で涙をぬぐおうとするココの心がいじらしく、ラピスはそっと両腕でココを抱え込んだ。
「きっと、何か事情があったんだよ。ジャンは、ココを見捨てたりするような奴じゃない」
ラピスはその時、ふと思った。
それにしても、なぜ、ジャンはココを無視するんだ? いや……あの態度はわざとじゃない。奴は本当にココがわからなかったんだ……。
もしかして……
以前、医院で、俺にジャンがココの行方を聞いてきた時、ゴットフリーが言った言葉。そして、ココを知っていたにも関わらず知らぬふりをしたあの態度。
“スカーの話では、サライ村の女、子供は別の島においてきたらしいが”
“あの娘のことより、今はこのグラン・パープルと王宮のことだ”
ジャンはゴットフリーのあの時の言葉に封印されて、ココのことがわからなくなってしまっているんじゃないのか。
まさか……しかし、考えられないことではないぞ。
ジャンにとってゴットフリーの言葉は絶対の力をもっている。それは、いつもひしひしと感じていたことではないか……。
彼らの強い繋がりが、ジャンの記憶に影響を及ぼしている。多分……いや、確かに。
ううっと苦しげな声をあげたゴットフリーの方へ顔をあげると、ラピスは言った。
「大丈夫、何か考えがあってのことだ。ジャンの心はココ、お前からは一歩たりとも離れちゃいないよ。だから、もうあまり心配するな」
そんなラピスの腕から顔をあげてココが言う。
「だったら、ゴットフリーを診てやって。今度はあっちが心配になってきたんだから」
「何だ? あいつは、お前らサライ村の敵じゃなかったのか」
「敵じゃないわよ。少なくとも私は……私は……」
エターナル城の迷宮で、ゴットフリーは私を守ってくれたんだもの。
「好きなんだから」
ココの唐突な告白にラピスは思わず、噴出してしまう。
「へえ、奇遇だな」
そして、ココからそっと腕を離すとゴットフリーの方へ歩きながらこう言った。
「実は俺もそんな感じなんだよ」
* *
「お前たちの計画の大筋はわかった。建国記念祭でグランパス王の演説が始まる前に2つのトンネルから、仲間を侵入させて王を確保って腹づもりだったんだな」
クーデター軍が集まっている小屋で、ちくちくと体中に刺さるような視線をあびながら、タルクは思った。
嫌な目で睨みつけやがって……ま、そりゃそうだよな。ここに集まった主戦力は元のサライ村の住民たち……俺たち、ガルフ島警護隊に散々、虐げられてた連中だ。俺のこともさぞや恨んでいることだろうよ。
仲間の一人が言った。
「だが、トンネルの一つは近衛兵に見つかった。建国記念祭は5日後だぜ。こんな短時間で別のトンネルを掘るのはもう無理だ」
スカーがそれに答える。
「エターナル城の迷宮に潜入したココの話では、迷宮の入口があった礼拝堂は、ほとんど今は使われていなくて警備の近衛兵もいないらしい。無事なトンネルから礼拝堂に向けて、側道を掘るっていうのはどうだ? それなら、掘る距離は少しで済むだろう」
「何っ、あの泥棒娘がエターナル城の迷宮に忍び込んだって? なら、ゴットフリーと鉢あったんじゃないのか」
驚いてすっとんきょうな声をあげたタルクにスカーが、
「そのようだな。ココは警護隊長と一緒に迷宮を攻略したと言っていたぜ。ただ、西の尖塔の最上階で奴とは別れたそうだ」
「西の尖塔?」
「そこが迷宮の出口だったそうだ。馬鹿げた話だが、ココはそこから白い怪鳥に乗って帰ってきやがった」
それは……天喜の白い鳥!
タルクの脳裏に純白の白い鳥が、にわかに浮かび上がってきた。
「……で、ココと別れた後でゴットフリーはどこへ行ったんだ?」
「さあ……な。そこから先のことはココも知らないとよ」
あの泥棒娘と別れた後に、ゴットフリーに何が起こった? ……誰が奴をあんな目にあわしたんだ?
だが、スカーはタルクの戸惑いを無視するようにトンネルの方へ話を戻した。
「掘った側道のトンネルを礼拝堂の下につなげるんだ。上手くゆけば、礼拝堂の中に潜んでいることも可能だぜ」
すると、先ほどから、話したくてうずうずしていたジャンが、ここぞとばかりに口を出してきた。
「あのさ……トンネルくらい場所を指定してくれたら、僕が何本だって作ってやるのに」
タルクとスカーは、その瞬間にはっと目を見開き、嫌な相手と知りつつ、お互いに顔を見合わせてしまった。
そうか。そうだった……ジャンはレインボーヘブンの欠片”大地”。こいつはガルフ島では山まで作ってしまった奴だ。トンネルの一つや二つ作るのなんて朝飯前じゃないか!
「ジャン、助かる。本当に助かる! お前がいてくれて本当に良かった!」
いつになく興奮気味なスカーの様子に、ジャンは少し照れて笑う。
「別に何本も掘る必要なんかねえ、欲しいのは礼拝堂に続く1本だけだ。なら、あとは礼拝堂の位置を探るだけか。しっかし、それが問題なんだ。ココに聞いてもそれほど、詳しく覚えているわけではないだろうし」
タルクが言った。
「スカー、お前、もともとは建築家なんだろう。なら、王宮の中に入れればだいたいの構造はわかるのか」
「俺を見くびるなよ。城なんて、よほど特別なことがない限り構造は限定された何種類かに決まってる。中を少し見れば、俺は手にとるようにその造りを知る自信はあるぜ」
「なら、明日の晩餐会に俺たちと一緒に来い。宮中武芸大会の優勝者として俺たちには、招待状が届いてるんだ」
「本当か? 王宮に入れるならば、そりゃあ、願ったり叶ったりだ」
にわかに具体性を帯びてきたタルクとスカーの会話に、集まったクーデター軍の連中もいつの間にか、熱心に耳を向け出した。
「よし、そうと決まれば細かい計画の打ち合わせをやり直すぞ! みんな、今日は徹夜覚悟でいろよ。5日後の建国記念祭までにもう一度編成を練り直すんだ」
スカーの声が皆の士気を盛りたてた。
おうっと弾んだ声がどこからともなく響いてきた時、タルクは少し、とげとげしかった皆の視線が変わったかなと、頬を紅潮させた。




