第40話 再会と戸惑い
「この傷がやっかいなんだよ。高熱を出させて、いつまでも下げさせない。まるで、意志があるみたいに、ゴットフリーにすがりついてやがるんだ」
ゴットフリーの様子を診るラピスの言葉に、ジャンは不安げに言った。
「でも、命にかかわるものではないんだろう?」
「闇の戦士とやらは、お前の力で消えちまったからな。あれが体にいた時には本当にヤバかった。それでも、ゴットフリーが受けたダメージは相当なものだ」
「闇の戦士が体に……おまけにまた、この傷か……伐折羅の制御が完全に効かなくなってしまってるんだな」
ジャンの横で、タルクが強く眉をしかめる。
「薄々は気づいてはいたんだが、やはりこの傷は伐折羅がつけたものなのか。でも、何で……」
「この傷は約束の印なんだ。伐折羅は不安なんだよ。いつか、僕たちがレインボーヘブンを見つけた時に、ゴットフリーが約束どおり、闇の住民である彼にも居場所を作ってくれるのだろうかと。伐折羅は自分を忘れられたくないがために、この傷を痛ませる」
伐折羅、傷なんてなくたって、ゴットフリーがお前を忘れるはずがないのに……
高熱と傷の痛みに耐えかねて、ゴットフリーが時折あげるうめき声を聞くにつれ、苦々しい思いが胸に湧き上ってくる。
伐折羅がつけた傷は、その気持ちが強すぎてジャンの力では癒すことができない。
だが、ジャンは伐折羅を責める気にはなれなかった。なぜなら、彼は彼なりにゴットフリーを守っているのだ。闇の戦士は夜叉王 ― 伐折羅の配下。それらが現れたということは、ゴットフリーに危険が迫っていたに違いない。
その時、話に割り込むタイミングを逸していたスカーが、今だとばかりに声を発した。
「俺にはことの成り行きがさっぱりわからんが、警護隊長をここへ連れてきたBWはどこへいった? 奴に用があるんだ。早急に!」
「BW? BWがここにいたのか」
タルクが驚いて言う。
「サライ村の仲間が近衛兵に捕まったんだ。早く奴をつかまえて何か策をたてないと、計画が全部ぶっ壊れる」
スカーの言葉にラピスはぎょっと表情を変えた。
「何だって! 仲間が近衛兵に捕まったって。じゃ、トンネルは?」
「一つはバレた。もう一つは、何とか隠しおおせるよう、仲間を向かわせたところだ」
絶句したラピス。その様子を見て、ははあ、なるほど。とタルクが眉を大きく動かした。
「やっぱり、お前ら何か良からぬ陰謀に手を染めてやがったな。近衛兵が敵だとすると、大方クーデターか何かを企んでいたんだろ。それにBWまで加担していたわけか。……で、ゴットフリーにその計画を知られでもして、奴をあんな目にあわせたのか」
スカーは俯きかげんにタルクを睨めつけると、吐き捨てるように言った。
「馬鹿げたことを言うな! あいつはここに連れて来られた時には、すでに息、絶え絶えの状態だったよ。聞きたいことがあるならBWを探して奴に聞けよ」
「BWは……」
確信はなかったが、おぼろげにラピスは思った。
「多分、もうここへは帰ってこない」
「何? それはどういうことだ。奴には計画の大半をまかしてるんだぞ」
「だって、仕方なかったんだ……」
「仕方なくないっ! 俺が計画して、BWが仲間を率いて実行する。その構図が崩れちまえば、クーデターなんて成功するわけがないじゃないか! それにこのままだと、仲間が処刑されちまう。俺はもう、そんなのはまっぴらなんだ」
頭を抱えてこんで、その場にしゃがみこんでしまったスカーにジャンは、気の毒そうに目を向けた。彼とは、以前、ガルフ島で少し話をした程度だが、サライ村のリーダーとして、島で迫害されてきた仲間を何とかしたいと願う気持ちはジャンにもひしひしと伝わってきたのだ。
「タルク、何とかならないのか」
ジャンの言葉にタルクが意外そうな顔をする。
「お前、何とかしたいのか。こいつらがゴットフリーをあんな目にあわせたかも知れないのに」
「スカーが嘘を言っているとは思えない。闇の戦士が出てきたからには、ゴットフリーの相手は普通の人間じゃないよ。それに、僕はこのグランパス王国自体が気にくわないんだ。このまま、捕まったスカーの仲間が殺されてしまうのを見ているなんて、そんなのも嫌だ」
「確かに、それは俺も同じだが……」
特にあの王妃だけは、野放しにしちゃいけない気がする。
タルクは今だに意識のもどらないゴットフリーを見ると、何かをふっきったようにスカーの方に視線を移した。
「まずは、話を聞こうじゃないか。話次第では、俺がBWの代わりを務めてやってもかまわない」
「何だと? お前にそんなことができるのか。それに、警護隊長の命令を聞かずに勝手に動くなんて、ご法度じゃなかったのか」
スカーは驚いたように言った。だが、タルクは、
「俺はこれでも、ガルフ島警護隊一番隊筆頭だぜ。BWのやり方は熟知している。警護隊の鉄の統制をなめてもらっては困る。それは、同時に警護隊長、ゴットフリーのやり方でもあるんだ」
この腐りかけた王国を倒すことに、ゴットフリーが反対なんかするものか。それに、いつまでも俺たちが頼ってばかりいたら、奴は休むことだってできないんだ。
いつになく、きっぱりと言い切ったタルクの迫力に圧倒されたのか、スカーはやや声を弱めていった。
「……なら、話は長くなるぞ。ここじゃあなんだから、隣の部屋へ仲間を集めるが、それでもいいか」
ああ、かまわない。と返事をしてから、タルクはラピスに向かって言った。
「ゴットフリーをよろしく頼む。俺はお前の医者としての腕は確かだと思ってる」
普段は人の良さそうなタルクの声音とは、うって変わった厳しさを感じ取って、ラピスは声も出さず、ただ一つ、こくんと首を縦に振った。
スカーの後について、部屋を出てゆこうとするタルク。
「待って、僕も一緒に行く!」
ジャンが、タルクの背中を追いかけようとした、その時、
「ジャンっ!」
意を決したココが、隣の部屋から飛び込んできた。瞬間的に見交わした目と目。だが、頬を紅潮させて息をはずませているココとは対照的に、ジャンはそっけなくこう言った。
「お前、誰?」
「誰って? サライ村のココだよ! あの日食の日、火の玉山で約束したでしょ。レインボーヘブンを見つけたら、ジャンは必ず私を迎えに来てくれるって」
ぼんやりと目をココの顔に移すジャン。だが、彼が口に出した言葉はココを愕然とさせた。
「サライ村のココを僕も探してるんだけど、それはお前じゃない。そっか、お前もココって名前なんだな」
「ジャン、一体、どうしちゃったの。私がそのココなんだよ! そこにいるタルクだって、スカーだって、私のことを知っているのに」
自分の腕にすがりついてくる少女の手を、無造作に振り払うと、ジャンは戸惑った表情で二人を見つめるタルクの後について部屋を出て行ってしまった。
「ジャン、待って!」
何で? どうして、私がわからないの!
涙がぼろぼろとこぼれ出した。ぴしゃりと閉じられた部屋の扉の前に座り込むと、ココはわぁっと声を出して泣き出してしまった。




