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アイアリス・レジェンド ~虹の女神と闇の王  作者: RIKO(リコ)
第三章 虚無の王宮 水晶の棺
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第32話 甘い吐息

 こんなゆったりした気分など、とうに忘れてしまっていたな……


 リリーに教えられた温泉につかりながら、ゴットフリーはほうっと深く息をついた。冷たい空気と岩場の感触が、多少強めの熱さに浸った体に心地よい。


 そういえば、タルクが温泉、温泉と騒いでいたが、見つけることはできたんだろうか。

 王女に頼んで、今度、連れてきてやろう……なんて、到底無理な話だな。観光旅行をしているわけじゃないんだ。

 忘れかけていた、とりとめのない出来事が胸に浮かんでくる。


 緑に覆われていた頃のガルフ島

 リリアに贈った黄色いカナリア

 水蓮すいれんの微笑み……


 今となっては、取り戻せない平凡な日常。


 本当に今日の俺はどうかしている。王妃殺しの片棒を担がされそうだというのに、こんな甘い空想に浸っている場合じゃないだろう。


 見上げた月明かりの空に瞬く、秋の星座ペルセウス。

 天の川の中に並んだ、美しい曲線の星の列は蛇頭を持つ怪物メドゥサの首を持ち、剣を振り上げている伝説の英雄ペルセウスの姿を形どっているという。


 ペルセウス……


 夜が来る度、メドゥサの首を掲げ続け

 英雄と星座にまで奉られて、それでお前は幸せか……。

 お前が座する星座の瞬きは、悲しいほどに澄み渡って、この地上を見下ろしている。

 知りたくなかったことが多過ぎる、伝説の裏に隠された真実……。それを解き明かす日に、俺たちに救いはあるのか。


 口元で軽く笑うと、ゴットフリーはそっと目を閉じた。何も考えたくなかった。この温かい心地良さの中に、もうしばらく浸っていたい。もう少しだけなら……かまわないだろう? と、彼はそう思った。


 しばらく、そうしていると、空気が冷たく澄んで頬をなぜてきた。それと同時にはらりと舞い落ちてきた落ち葉の気配。


「ここはいい場所ね。ご一緒してもいいかしら」


 ゴットフリーは面倒臭そうに目を開くと、苦々しく口元で笑った。


「失せろと言ったら、それにお前は従うのか」


 リュカ……月明かりに透けた薄絹の衣の下で、白い裸体が朝露のように輝いている。


「嫌よ、そんな無粋な台詞を言うのは止めて。こんな気持ちのいい、あのうるさいジャンやタルクもいない場所で、二人きりなのよ……」


 音もなく、湯の中に体をすべりこませ、リュカはゴットフリーの近くに身を寄せてきた。


 ジャンとタルクがいない……場所。

 

 微妙に表情を曇らせたその視線を捉えるように、リュカは両の白い腕を彼の肩に絡みつかせ、吸い込まれそうな青の瞳をその顔に向ける。

 ゴットフリーの灰色の瞳は、冷たく彼女を見すえている。だが、肩から背へ指を移動しながら、頬を胸に近づけてくる、リュカを拒もうとはしなかった。


「俺がここにいるのをなぜ知った」

「あなたがどこにいようと私にはわかるもの」


 濡れた銀の髪が、月の雫の輝きを放っている。甘い吐息をたてながら、白く柔らかな肌をゴットフリーの体に寄せてくる。


 夜空の星の瞬きの中で、大地がつぶやくように小さく揺れた。それは、ジャンが以前に語った同じ言葉を醸し出す。


 リュカ、お前は行きつく先をどこで間違えてしまったんだ。


 お前は、僕たちの旅を見守るために一緒にいてくれたんじゃなかったのか。お前は成長するほどに、女神アイアリスに近づいてゆく。そして、僕らがレインボーヘブンを見つけた時、再び女神に還る……至福の島の守護神として。


 それなのに……


 だが、大地の声には耳をかさず、ゴットフリーの灰色の瞳を見すえながら、リュカは女神さながらに優しく微笑んだ。


「あなたを迎えにきたのよ。もう、一人にさせはしない」


 ―  愛しているわ  ―


 リュカは甘い囁きでゴットフリーを魅了する

 

 ―  愛している  ―


 胸に染み入る美しい声音、心がとろかされそうな水密桃の香り。頭の中の痺れたような抑揚感……。

 その甘美な言葉が、逆らえきれない木霊になって意識の中に入り込んでくる。


 ―  もう、一人にさせはしない……もう…… ―


  その声の見えない糸に引きつけられるかのように、ゴットフリーは、リュカを抱きしめた。


「他の者はいらない……私たち、二人だけでレインボーヘブンを探しましょう。そこは、二人だけの世界。私たちだけの至福の島」


 確かな腕の感触に満足げに微笑んでから、リュカは、ゴットフリーの右胸に目を向けた。そこには、黒馬島で伐折羅ばさらがつけた傷跡が赤く引きつり、生々しい姿をさらけ出していた。


「身のほど知らずな夜叉王がつけた傷! あなたに自分の印を刻もうなんて。でも、大丈夫よ、この傷は私が消してあげる」


 伐折羅がつけた傷にリュカは、そっと唇を寄せた。白い体を抱き寄せた腕が、ぴくりと動く。その瞬間、夢うつつの中にいたゴットフリーの灰色の瞳が、急速に光をとりもどしてきた。


「その傷にさわるな」


 夜を切裂くような冷たい声音に、時が凍りつく。

 次の瞬間、リュカを岩場に突き飛ばし、ゴットフリーは右の手でその首を激しい力で握り締めた。


「く、苦し……い、や、止め…」


 懇願するように見開かれた青い瞳。だが、ゴットフリーはうすら笑いさえ浮べ、岩場に強くリュカを押しつけ続けるのだ。


「見え透いた真似は止めろ。このまま首をもぎられても、お前は痛くも痒くもないんだろう。いい加減に化けの皮を現したらどうなんだ」


 すると、大粒の涙を流した青い瞳がくくっと笑いをもらしたのだ。その時、眩い白銀の光がリュカの体からほとばしった。

 思わず、目をそむけた瞬間、リュカはするりとゴットフリーの手から逃がれ、空高く舞いあがった。


 天空に浮かびあがった白い光。


 やはり、そうか。リュカ、お前は


 白い女神……アイアリス!


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