第28話 王女の部屋
エターナル城の尖塔。
その周りには、ぐるりと取り巻くように螺旋階段が取り付けられており、水晶の棺のある最上階の部屋からも、外へ出ることができた。
螺旋階段への降り口で、ゴットフリーは、ココを乗せた白い鳥が西の空へ飛び去るのを腑に落ちない気分で見届けていた。
ゴキブリ娘の銀のロケット……そして、俺の親の形見の金のロケット……
心のどこかに何かが引っかかって仕方がなかったが、それを振りきるように螺旋階段を下りてゆく。すると、対面にひときわ豪奢な窓が見えてきた。そちらの建物の上にある見張台を見つけて、
城壁の向こうが王族たちの部屋か。
ゴットフリーは、螺旋階段の途中から横に繋がっている城壁の方へ向かおうとした。……が、足元に迫ってくる白い靄に視界を遮られ、足を止めた。白い靄に邪魔されて階段の先が全く見えない。
霧? さっきまでは、西日が眩しいくらいに差しこんでいたのに……
そんなことがあるものかと、ゴットフリーは顔をしかめた。彼の足元が大きく揺れ出したのは、その時だった。
赤い舌先を出した巨大な白い胴体が、尖塔を這い登ってくる。
また、白い大蛇? まさか!
咄嗟に腰のレイピアに手をかける。びゅうと風が吹いたのはその瞬間だった。
“騙されないで、それは幻!”
凛と響く声にかき消されるように、大蛇の姿は見えなくなった。……が、急に目の前に開けた足がすくむような高所の視界に、ゴットフリーはひやりと冷たい汗をかいた。
この声はレインボーヘブンの欠片……”夜風”。
「霧花か……助かった。分かっているつもりでも大蛇の幻に誘われて、危うく空中に飛びこむところだった」
”夕闇が迫るこの時間には、私の力も強くなる。この場所には、何やらおかしな幻術がかけられているわ。尖塔を覆っている靄は私が全部吹き消してしまうから、あなたは早くここから離れて”
「それが賢明なようだな」
ゴットフリーは空から聞こえてくる声に頷くと、ふと思いついたように言った。
「そう言えば、俺はお前の姿をまだ見たことがない」
一瞬、風は沈黙した。
“……まだ、夜が来ないから……私の姿はあなたには見えない”
そうかと、軽く返事をしただけで、ゴットフリーは、そのことに再び触れることはしなかった。そして、螺旋階段から横へ続く城壁の方向へ足早に歩いていった。
* *
城壁を通り過ぎると、先ほど見えていた王族の部屋へ繋がる回廊へ入ることができた。すると、城壁の向こうから異様にテンションがあがった人々の声が響いてきたのだ。
王宮武芸大会の観客? えらく興奮しているようだが、何かあったのか。
ゴットフリーがいる位置は、ちょうど、会場と正反対でその様子を覗うことができない。
タルクは大丈夫だろうかと、かすかな不安が胸に浮かぶ。だが、今の騒ぎの収拾に借り出されてしまったのか、城壁から続く回廊への入り口には近衛兵らしき兵隊が一人もいない。城の中にほぼフリーパスで入り込めるこのチャンスを逃す手はなかった。
* *
最高級の栗の木に、贅をつくした彫刻の縁取り。極めつけは金細工で作られた“グラジオラス” ― ソード・リリーの紋章の扉飾り ―
「ここが、王女の部屋か」
一見して、そうと分かる大扉の前で、ゴットフリーは扉のノブに手をかけてみた。施錠されているわけでもなく、衛兵がいるわけでもない。驚くほど簡単に部屋に入ることができたことに罠ではないかと不審感がつのってくる。
だが、王女の部屋は、静かにその中へ彼を受け入れた。
開け放れた窓からは秋の風が流れ込んで、絹で織られたレースのカーテンを涼やかに揺らしていた。部屋の要所に置かれた鉢の小花は、強剣マンプルを振り回す剣豪の王女というよりは、かわいい姫といった印象に満ち溢れていた。
どうやら、王女も侍女たちも部屋にはいないらしい。
扉と対面側にある大鏡。
それに映し出された自分の姿を見て、ゴットフリーは苦笑した。
ひどい有様だな。
上着はココに渡してしまったし、水浸しで、おまけにシャツには白い大蛇と闘った時の血のりまでがこびりついている。
大鏡の真横にあった王女のベッドに目をやると、ゴットフリーは腰からレイピアを引き抜き、御役御免とばかりにそこへぐさりと突き刺した。
確か、王女は、俺が迷宮から無事に戻れたら、これを受け取ると約束したんだったな。
そのままごろんとベッドの上に横になる。
それにまだ、あの王女には聞きたいことが残っているんだ……。
ベッドから見える小花の地模様の白い天井を見つめながら、ゴットフリーはふと考えた。
それにしても、この部屋の心地良さはどうだ? 重苦しく陰鬱なエターナル城の中で王女だけがご健全なわけか。
俺にとっては、そのことが、かえって不自然に思えてならない。
不幸な王女。
お前自身も毒にどっぷり染まってしまえば、さぞや楽だろうに。
この国は熟し過ぎた果実のようだ。繁栄の後には没落が待っている……水晶の棺からあふれ出たあの緑の花が、海の鬼灯の化身ならば、近いうちにお前は見ることになるだろう。
自分の国が崩れてゆく……その様を。
まあ、ガルフ島や黒馬島と違って、この国がどうなろうと俺には関係ない話だ……。
ゴットフリーは小さく笑うと、疲れた思考と体を休めるように瞼を閉じた。




