第25話 水晶の棺
「馬鹿なキャリバン。観客に向かってゆくなんて。私が見たいと言ったのは、あの男が血祭りにされる姿だったのに……」
王宮のバルコニ-で、大暴れする怪物を見物しながら、王妃がため息をついた。
「でも、あの怪物が踏み潰して、王宮が観客たちの臓物で積め尽くされるのも、それはそれで愉快かしらね」
「何じゃ…何かおもしろい事でも、起こったのかあ」
王妃の横で、ぐでぐでに酔いつぶれたグランパス王がつぶやく。
「ほほ……陛下を楽しませるほどのものでは、ありませんわ。それより、特別に取り寄せたこのお酒、お気に入りまして?」
もっと、どうぞと、酌をする王妃に向けて、王は待ちきれない様子で酒杯を差し出した。
「ああ……、美味じゃ。こんなに上手い酒は今まで飲んだ事がない……。一体何という名の酒なのだ」
とろんと眠そうな眼を王妃に向けて、堕落しきったグランパス王国の統治者はだらしない笑顔を作る。すると、
「天のお神酒……私どもはそう呼んでおります」
王妃は、その問いに華やかに微笑みを浮かべ、それと正反対の陰湿な低くしゃがれた声でそう答えた。
* *
エターナル城の迷宮で、ゴットフリーとココは絶体絶命の運命に追い込まれていた。迷い込んだ尖塔の地下が上昇し始めたのだ。
「いったい、どこまで、上がるのっー!」
猛スピードで上へ動く部屋の中でココが叫んだ。少女の体を抱え込みながら、ゴットフリーは上目づかいに天井を睨めつける。
すると、明りのない尖塔の中に光が差しこんできた。その瞬間、狭くて暗い空間から二人は、突然、開放された。
きゃやああああああっ!
足元どころか、体を支えるものが全部消えてなくなってしまった。空が見える、町が見える。エターナル城が見えるーっ! 私たち、尖塔の最上階から外に放り出されたんだっ。
駄目っ、もう助からないっ!
ぐるぐると景色が回っている。後はもう落ちるだけ。ココは万事休すと目を閉じた。……が、
「おいっ、しっかりしろっ!」
頭の上から聞えてきたその声に、ココはきょとんと目を見開いた。どうやら自分はまだ生きていて、それに落ちるはずの体までが空に浮いている。ばさばさと響いてくる羽音。え? これって……鳥?
「ぼうっとしていると本当に下に落とされてしまうぞ」
人々の姿が、米粒くらいにしか見えない。怯えながらココは怖ず怖ずと声のした方向を見上げた。
「こ、これ、何?」
「天喜の白い鳥。レインボーヘブンの欠片 ”空”」
純白の巨大な鳥の背の上から、ゴットフリーの声が響いてくる。というより、ココは、その鳥の背中の羽毛と彼の胸の下に挟まれて空を飛んでいるのだ。
「レインボーヘブンの欠片 ”空”?」
レインボーヘブンの欠片にそんなモノまでいたのか。しかも《《鳥》》。驚くやら感心するやらで、ココは息をつく暇もない。二人を乗せた巨大な鳥は優美に羽を羽ばたかせ、尖塔のまわりを旋回している。
「もう一度、尖塔に降りてくれ」
ココは、ゴットフリーの言葉にぎょっと目を見開いた。
「それ、この白い鳥に言ってるの。何で、また危ない場所に戻んなきゃいけないわけ。さっさと下に降りてしまおうよ」
けれども、白い鳥はココを完全に無視して、ゴットフリーの命令に従う。尖塔の三角屋根のちょうど真下が、四角に切り開かれた大きな窓になっていた。ココとゴットフリーを上昇させた部屋はその位置で止まり、滑り台のように斜めに傾いて彼らを外へ放り出したのだ。
上昇した部屋は、彼らを放り出した後、まっすぐに位置をもどしていた。白い鳥をその場所につけさせると、ゴットフリーは、尖塔に開かれた窓から再びその中へ入っていった。
「お前は来ないのか。それとも、その鳥の上から見える景色がお気に入りか」
「冗談じゃないわ、こんな所へ置いてゆかれてたまるもんですか!」
結局、どこにいたって危ないんだから。それなら……と、ココはそそくさとゴットフリーの後を追った。
あの鍵のついていない扉を開けると、目の前に別の部屋が見えてきた。
「多分、ここが尖塔の一番上だ」
ゴットフリーの背に隠れるように、その部屋へ入ったココは、一瞬、目を瞬かせた。
エターナル城の尖塔。その最上階は目を見張るまでの光の世界。
尖塔の屋根に大きく開かれた天窓から差しこむ西日が、大理石の柱にはねかえり再び屋根にもどってゆく。幾重にも重なりあった光の反射が部屋全体を輝かせている。
そして、部屋の中央に横たえられた無色透明な直方体。その氷のような冷たい輝きを目にした時、ゴットフリーは小さく口笛を吹いた。
「あれって、まさか……本当に?」
ココの言葉に反応するでもなく、ゴットフリーは無言でその無色透明な箱に歩み寄っていった。
「伝説も時には真実を語るというわけか……しかし、王宮の地下というには、この場所は見晴らしがよすぎるな」
水晶の棺。6番目のレインボーヘブンの欠片が眠る光の寝所。
やはり、お前はいたんだな。エターナル城の迷宮の果てに。




