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アイアリス・レジェンド ~虹の女神と闇の王  作者: RIKO(リコ)
第三章 虚無の王宮 水晶の棺
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第24話 尖塔の中


 鏡の迷宮を命からがらで抜け出したココとゴットフリー。

 彼らが飛び込んだのは、細長い円筒形をした部屋だった。


「天井が見えないね」


 天体観測の星を眺めるようにココは上を見上げた。天井はどこまでも高く、その先は暗黒の空洞としか思えない。ずっと見つめていると上へ吸い上げられてしまいそうで、それが得体の知れない不安をかきたてた。すると、


 この部屋の形……もしかすると


 ゴットフリーの脳裏に、派手に飾り付けられたエターナル城の外観が浮かび上がってきたのだ。


「どうも、俺たちは城の尖塔の中にいるようだな」

「尖塔って?」

「城壁の内側に付いている塔のことだ。お前も見覚えがあるだろう。三角屋根がついた長細いやつ。普通は上に番人がいて、ここは地下だから……まあ、土牢というところかな」

「土牢? じゃ、もう捕まってるんじゃない。私たち!」


 目をぱちくりと瞬かせたココを見て、ゴットフリーは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、


「土牢のようだと言っただけだ。だいたい、どこの馬鹿が土牢に出口を作るんだ。後を見てみろ。次の部屋への扉がある」


 振り返ってみると、確かにそこには小さな扉がついていた。ココはそうっとノブをまわしてみる。


「ここには鍵がかかっていないね。でも、狭いな、この扉。やっと私、一人が通れる大きさじゃない」

「鍵がかかっていない?」


 上の方から轟音が響いてきたのは、ゴットフリーが眉をひそめた、その時だった。


 不審げに上を見上げた少女の背筋に悪寒が走る。

 

 天井が見える? 天井と自分たちの間が狭まって……

 違うっ、これはっ


「天井が落ちてきてるんだあーっ!」


「ゴットフリーッ!!」


 その名を呼ぶのが “危機一髪” 時の決まりになってしまった。ココは扉の向こうに逃れようと、ご指名の彼の腕を強引にひっぱった。

 ……が、


「騙されるなっ、そちらの部屋が罠なんだ!」


 力任せに首ねっこを引っつかまれ、ココはその胸元に尻餅をつくように倒れこんだ。ココの体を抱きかかえたまま、ゴットフリー自身も後ろに倒れ込む。それから、落ちてくる天井を鋭く睨めつけた。


 ギギィィィ……


 何かが軋むような音とともに、塔の外壁が小刻みに震えた。その直後、岩の天井が轟音を伴って二人の上に落ちてきた。


「あああっ……駄目っ! もう、絶対死んだアアァ!!」


 ココはたまらず頭を抱え込み、ゴットフリーの腕の下に潜り込む。だが、


 座り込んだ二人の上、およそ30cm!

 それは、頭をぎりぎりに掠めた微妙な位置。

 

「と、止まった……?」


 潜り込んだゴットフリーの腕の中から、頭のすぐ上まで落ちてきた岩天井を見上げて、ココは、はあっと息を吐いた。

 けれども、

 その直後に、がたんっと床が揺れ、扉の向こうにあった……先ほど、ココが逃れようとした部屋が……奈落の底に落ちていったのだ。


 冷や汗が噴水みたいに、わき上がってくるのを止めれない。


「もし、あっちに行ってたら……」


 そんな少女の様子を気にとめるわけでもなく、ゴットフリーの口調はどこまでも、淡々とそっけない。


「一貫の終りだったな」

「ど……どうして、あちらの部屋が罠だとわかったの! 鍵がかかっていなかったから!?」

「うるさい。大きな声を出すな」

「だって、そういうことって知りたいじゃない」


 さっきまで、蒼い顔で震えていた娘はどこへ行った? 呆れたように、ゴットフリーはココに視線を向ける。


「勘だ」

「え?」

「勘」

「ええーっ!」


 それって、こいつが一番、嫌いな言葉かと思ってた。それなら、私が勘で迷宮の扉を選んでも、ちっとも悪くないじゃない。


 ふくれっ面のココに向かって、ゴットフリーは人の悪い笑みを浮かべ、


「だが、俺の勘は、お前のようなあてずっぽうな“くじ”とは違うぞ。考えてもみろ。ここの迷宮で“こちらへどうぞ”と開いた場所には必ず罠があるじゃないか」


 あてずっぽうな“くじ”で悪かったわね!


 一言、言い返そうとその顔を見上げた時、


 あ、笑ってる。


 初めて近くで見た、残酷無比と言われた警護隊長のその表情。満面の笑みには、ほど遠いけど、ココは何だか嬉しくなった。この至近距離でこの状況は、超レアかも……。


 もう、ちょっと、このままでいよ。


 しかし、この状況が長く続くわけはないのだ。


 がたんっ


 二人の下の床が揺れる。その瞬間、


「今度は上がるっ! もう、どうにかしてっー!」


 ココは鳴き声のような叫びをあげて、再びゴットフリーにしがみついた。凄まじいスピードで上昇する部屋の中で、激しい耳鳴りが二人にに襲いかかってくる。

 上と下から相互にのしかかる耐え難いほどの圧力。今にも押しつぶされてしまいそうな空間の中で、ゴットフリーはココを守るように抱え込むと、たまらず声を荒げた。


「部屋が上昇? だから、尖塔だったのか! この馬鹿げた迷宮の行く着く先、それは一体、どこなんだっ!」


*  *


 王宮武芸大会の決勝戦


“貧弱すぎる! 本当にこいつが、王宮武芸大会の決勝戦の相手か!”


 怯えた目をして、ランスの穂先を頭の上に構えるキャリバンを睨めつけ、タルクはちっと舌を鳴らした。


「こ、この木偶でくの坊、体ばかりの役立たず! 脳みそはほとんどが筋肉か。お、おまけに下半身には、おかしな病気でも持ってるんだろ」


「口ばかりが達者な奴っ、その足は何だ。がたがた、震えてるじゃないか!」


「うるせぇっ、馬車の下敷きにでもなって腸をぶちまけろ」


 呆れるばかりの悪態三昧。


「お前の親は一体どういう教育をしてきたんだ。よくそんなので、王宮に出入ができたな」


「親? あー、あれが親だと言うならば、たしかにことばを教えてくれたな、おかげで悪口の言いかたは覚えたぜ。疫病でくたばりやがれ。おれにことばを教えた罰だ」


 ほとんどらちがあかない状態にタルクは我慢がならなくなった。


「いい加減にその下品な口を閉じやがれっ!」


 タルクは、長剣を手前に構えるとキャリバンの心臓めがけて、一気に突きあげた。だが、

 長剣の切先が敵を串刺しにした……と思った瞬間、タルクの背筋に戦慄が走った。


 ギギギギィ……


 唸るような声をあげ、血煙をたてながら、のけぞってゆくキャリバンの体が、徐々に大きく膨らんでゆく。

 ぼこぼこと波打った筋肉の筋は、巨大化しながらその姿をゴーレムさながらの怪物に変化させる。みるみるうちに、王宮の2階をはるかに越えた背と大木×10のような体を誇示するように、キャリバンが雄叫びをあげた。


 グオォォオオオッ!


「ひえっ、あ、あいつ怪物に変化しやがった。おまけに、こっちにやって来やがる!」


 大きく拳をあげたキャリバンが観客席に向かって、歩き出した。完全に自分で自分を制御できなくなっている。もう、武芸大会どころの騒ぎではないと、客たちは我先に城門の外へ逃げ出した。


「逃げろっ、タルクっ、踏みつぶされるぞっ」


 ジャンが叫んだ。タルクが、見上げた頭のすぐ真上に怪物の右足が迫ってきている。


「くそっ、こんな奴にやられてたまるかっ」


 長剣を投げすて、タルクはキャリバンの右足を両手で掲げ持った。背骨と胸に叩きつけられるような衝撃が走る。しかし、いくら力自慢のタルクでも、その何十倍もに膨れ上がってしまっている怪物の重量を支えられるわけがない。

 びりと嫌な痛みとともに鎖骨が、きしむ音がした。


「畜生っ、支えきれねぇっ!」


 万事休すか!


 ところが、その時


 ズドドドゥッ!

 

 王宮が飛び跳ねるように大きく揺れたのだ。

 のしかかる重力から突然解放された違和感と、巻き上がる砂煙の凄まじさに、心臓が激しく鼓動する。どくどくと、脈打つ毎に痛む胸を押さえながら、タルクは手前に倒れている怪物を睨めつけた。


「タルクッ、大丈夫か!」

「ジャン……お前か」


 タルクは、傍に駆け寄り、心配げに顔を覗き込んできた少年の邪心のない瞳に、ほっと息を吐き出した。

 

 こんな子供なのに、いざという時は本当に頼りになる奴だな。


 キャリバンを間一髪のところで、投げ飛ばしたのは、ジャンだったのだ。


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