表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイアリス・レジェンド ~虹の女神と闇の王  作者: RIKO(リコ)
第三章 虚無の王宮 水晶の棺
106/322

第21話 幻想の迷宮

 ココを誘導しながら、ゴットフリーもしばらくはスムーズに鏡の迷宮を進むことができた。


 やっと、出口か……。しかし、本当にこれで終わりなのか。


 ゴットフリーが息をついた、その時


「あっ、見ぃつけた」


 振向いた自分の右側にココの姿が浮かびあがった。だが、手で触れてみると、そこには鏡の壁があった。

 その時、


「……っ!」


 突然、顔をこわばらせたココ。


「おい、どうかしたか。こちらは、気にせず前に進め。その先に多分出口がある」


 ゴットフリーは、訝しげに眉をひそめた。


「い……や、進みたくない」

「何?」

「だって、いるじゃない! 前の鏡の向こうに……あ、あの大蛇が!」


 にわかに鏡の正面に浮かび上がった白い大蛇。紅い舌を吐き出しながらこちらを見ている巨大な鎌首。


 白い大蛇! ……そんなはずがあるものか。あれは、闇馬刀やみばとうの闇の向こうに消えてしまったはずだろう。まさか、他にもいたのか。しかも、俺とゴキブリ娘側の迷宮に一匹ずつ?


 何かが腑に落ちない。それに、床に浮かぶ迷宮の答は、疑いもなく正面の道を指している。ゴットフリーは、突然思い立ったように白い大蛇のいる方向へ歩を進め、そして、大声でココに言った。


「前へ進め! 何も気にするな」

「えっ……、でも、白蛇が……」

「これは魔鏡だ。足元をよく見ろ。白蛇の絵が描かれてる。光の屈折を利用して、それを鏡の中に浮かび上がらせているだけなんだ」


 魔鏡? 何か仕掛けがあるってこと? 白蛇は絵? そう言われてみても、正面に鎌首をもたげている大蛇は生生しすぎて絵には思えない。足元を確認するなんて、怖くてとてもできやしない。


「駄目……怖くて、前になんか進めない」

「俺を信じろ! こんな“騙し”にのせられるな」

「だって、そっちの方が絵でも、私側のは本物かも知れないよ」


 どうにかして足を前に踏み出そうとしてみるが、震えるばかりで、ココの体はいうことをきいてくれない。

 ふうっと一つ息を吐くと、ゴットフリーは冷たい声音で言った。


「わかった。なら、お前とはここでお別れだ。せいぜい、ない知恵をしぼって、一人で“鏡の迷宮”を攻略するんだな」

「ちょっと、ちょっと待ってよ。一人なんて絶対無理!」


 ココはあせって、ゴットフリーの名を繰り返し呼んだ。だが、返事はなく、その姿は鏡の向こうに消えてしまった。


 一人ぽつんと鏡の迷宮に取り残されてしまったココ。正面には禍々しく口角を開いた大蛇がとぐろを巻いている。急に迷宮の通路が何十倍にも長く広く思えてきて、目にじわりと涙があふれてきた。

白蛇の二つの瞳が紅に輝き、正面で立ちすくむ少女を舐めるように見下ろしている。その時、鼻につんと流れてきた甘い香り。


 花の香り……?


 次の瞬間、ココは背中にぞくりと悪寒を感じ、後ろを振り返った。


 そこにいるのは、

 鏡の中のもう一人の私。


 不安な気持ちがぬぐいきれず、ココは恐る恐る回りを見渡した。


 鏡の迷宮に無数に映る自分の姿は、どれもこれも一人ぼっちの迷宮に戸惑い、怯えた表情をしていた。ところが、

 ココが視線をもう一度、戻した後ろの鏡。その中の少女がくすりと笑ったではないか。


「……えっ?」


 私、笑ってなんかいない……。


 思わず両の手を頬にあてがい、鏡に映る自分を見た時、ココは、ぎょっと視線をその指先に向けた。

 先ほど傷つけた指先から、どくどくと赤い血が流れ出している。


「血が……」


 何で? 全然、痛くもないのに……。呼吸をするほどに、あたりに漂う花の芳香が胸の中に入り込み、ココはおかしな気分になってきた。


 焦って流れる血をぬぐおうとする。すると、それはココの手のひらをすり抜け、ひらりと紅の花びらに姿を変えて空に飛び散った。


「な、何? これ、何なのっ」


 それに継いで、大量の紅の花びらが一斉にココの上に降り注いできた。

 紅の花の乱舞の中で鏡の中の少女がまた笑う。その瞳が紅に輝いた時、耐え切れぬ恐怖がココの背中を通り過ぎた。


「助けて、ゴットフリー!」


 ココはぺたりと床に座り込み、絶叫のような悲鳴をあげた。


*  *


「あの声は?」


 鏡の迷宮の中に木霊する少女の声。


 ゴキブリ娘……?

 

 一瞬、ゴットフリーは声の方向に足を向けそうになる。だが、


 あいつは、自分で選んであの場所に残ったんだ。俺の知ったことじゃない。


 ぷいと、前に向き直り正面の鏡に目を向けた時、鼻先に感じたかすかな甘い香りに違和感を持ち、鏡の迷宮をぐるりと見渡してみる。合わせ鏡の迷宮の中には、あいも変わらず自分自身の姿が幾重にも映し出されている。

 ゴットフリーは、この景色にもいい加減に飽きてきたがと、右の胸に手をあてた。実はココと別れる少し前から、再び、そこにある傷痕が疼き出していたのだ。


 夜叉王 - 伐折羅 - につけられた傷


 一歩進むごとに、傷の痛みが強くなる。

 それは、十中八九、凶事が起こる前の前触れと思って間違いはなかった。


 次は何が来る?


 ぴしりと鏡がきしむ音。

 次の瞬間、ゴットフリーは襟元に銀の閃光が走り抜けてゆくような気がした。


「……!」


 思わず床に膝をつき、酷い痛みに顔を歪めながら、手前の鏡に映しだされた“敵”の姿を睨めつける。


“やはり、敵は自分自身か”


 鏡の中のゴットフリーが不敵に笑う。その手に握られたレイピアから、赤い血糊をしたたらせて。


「傑作な話だな。自分に自分の首を落とされるなんて」


 首から流れ出した血を左手で押さえながら、ゴットフリーは座ったままで後ろの鏡に背をもたれ、深く息をついた。彼の腕をつたい、銀の床を紅に染めてゆく鮮血からは、芳しい花の香りが漂ってくる。

 じんじんと胸の傷が痛みを増して疼き出した時、ゴットフリーは灰色の瞳を大きく見開き、腰に携えていたレイピアに手をやった。


 鏡の中の自分が、手にした剣の切っ先を振り下ろしてくる。


「消えろ! こんな茶番に俺が乗せられると思っているのか!」


 ゴットフリーが引き抜いたレイピアを鏡に投げつけた瞬間、激しい金属音が辺りに反響し、鏡の部屋が紅色に輝いた。

 一瞬の閃光の後に、消えうせた後に残った景色は、今までと変わらない合わせ鏡の銀色の迷宮。


 ただ、前と違っているのは、床には壊された鏡の残骸が散らばり、その中にゴットフリーが投げつけたレイピアが横たわっていることだった。


「笑わしてくれる。あんな物は、この部屋に漂う甘い香りに誘発された、ただの妄想にすぎない」


 伐折羅……やはり、お前につけられた傷が俺に不利になるはずがない。


 ゴットフリーは、右胸に残る傷跡に手をやり、ほっと息を吐き出した。


 この傷が痛み続けていたおかげで、俺は“幻惑の迷宮”に迷い込まなくてすんだのだから。


 その傷跡には、もう痛みはなかった。そして、先ほど血をしたたらせていた首には傷もなく、血の色は一滴残らず何処かに消えうせてしまっていた。


*  *


「嫌だ、怖い! 誰か助けて!」


 激しく乱舞する紅の花の中で、ココは叫び続けていた。どこかに逃れようと、立ち上がろうとしても腰が抜けたように力が入らない。ぽろぽろとこぼれ落ちる涙をぬぐっても、またすぐに次の涙が溢れ出す。


 くすくすくす


 鏡の中の少女が笑う声が聞こえる。


 何よっ、何で笑ってんのよ!

 それとも、私の頭がどうかしちゃったの。


 両手で耳を塞ぎ、鏡の中の映像が見えないように硬く瞼を閉じた。

 

 ゴットフリー、どうして助けに来てくれないの。


 小さな女の子が死ぬほど、怖い目にあってるっていうのに……普通ならかっこ良く、姿を現すのが英雄ヒーローの定番じゃないのと、ココはちょっと腹を立てていた。だが、悪いのは、彼ではなく、その指示に従わなかった自分の方なのだ。


“俺を信じろ!”


 その言葉が心の奥底をきゅっと強く締めつけた。そう、ここで頼れるのはゴットフリーだけだったのに……。


 閉じた瞼を開いて、きりと真正面を睨めつけた。鏡の迷宮の奥では、おぞましい姿の白蛇が紅の瞳を輝かせ、ココの方を見つめている。


 後ろの“笑う少女”は無視することに決めた。


 怖くて怖くてたまらない。けれども、意を決したように、ココは前に一歩を踏み出した。


「ゴットフリー! 私を置いてゆかないで!」


  そこは、元の鏡の部屋。

  白蛇の姿も少女の姿も、大量にあった紅の花びらさえも、すべてが消えうせていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ