第20話 鏡の迷宮
エターナル城の迷宮で、次に二人を待ち構えていたのは鏡の部屋だった。
そこに入ったとたんに、ココとゴットフリーは別れ別れになってしまった。元に戻るための道は、鏡によってふさがれている。
合わせ鏡の迷宮か……よくもこう盛りだくさんに作り上げたものだ。
鏡の中で無数の灰色の瞳が睨めつけてくる。“敵は自分自身か”と、ゴットフリーが苦笑いを浮べれば、相手も同じような笑みを返してくる。
「ゴキブリ娘、無事か!」
「無事だけど、全然、道がわかんないよ。どこ? どこ? ゴットフリー、どこにいるのー?!」
「うるさい、ちょっとは静かにしろっ」
その時だった。
「見つけたっ。何だ。そこにいたの」
ゴットフリーの右側の鏡に、沸き出るようにココの姿が映し出された。だが、笑った顔はすぐに、とまどいの表情に変わる。どんどんと鏡を叩いてみても、迷路の道は開かない。
「鏡の前から離れてろ! 俺が叩き割ってやるっ」
するどい金属音と共にガラスの破片が飛び散った。
だが、
ココとゴットフリーの間の鏡が壊れると同時に、少女の姿は見えなくなった。その先には新たな鏡の壁があるだけだ。
くそっ、俺一人でも手に余るというのに
鏡の迷路。遊技場のミラーハウスとはわけが違う。ただ闇雲に進むだけでは、出口にたどり着けそうもない。
「ゴキブリ娘! 俺が指示を出すまでは、絶対にその場を動くなっ。さもないと、永遠に鏡の迷宮から出れなくなるぞ」
ゴットフリーは、思索にふけるように俯いた。
考えろ。鏡の迷宮の構造……俺とあの娘の位置。
右側または、左側に手をついてひたすら壁沿いに進んでみるか。いや、駄目だな……壁が出口と連続していなければ、永久に迷宮をさまようことになる。
スタートから分岐点、行き止まり。もれのない探索。目印。
一番、確実な方法は、行き止まりになる毎に分岐点に戻って、また、やり直せばいいんだろうが……そんな悠長なことをやっていたら、王女と約束した夜明けなど、とうにすぎてしまうぞ。
限られた時間内で、どこまで広がっているかもわからない迷路の確実な攻略方法を模索するには、相当な無理があるように思われた。それでも、今の状況で、そんな言い訳が通用するはずもない。逸る気持ちを抑えて気を集中しようと両の瞼を閉じた瞬間、ゴットフリーの頭にふと、浮かび上がった青年の顔。
“見えなくても、この世のすべてが頭に浮かび上がってくるんだよ”
ラピス……
お前なら、この迷宮を越えられるかも知れない……な。
* *
グラン・パープルの西の海岸。その岩場に座り、ラピスはふと空に顔を向けた。西に傾いた太陽の日差しが頬にあたる。それが少し暑い気がした。
負傷者の治療をしてくれって頼まれたけど、それも一段落したし、
王宮武芸大会もそろそろ、決勝戦かな。
優勝者を日没までに決め、夜はその勇士を褒め称えるという建前で、盛大な晩餐会が開かれる。
暇と金を持て余してるのも、今のうちさ。俺たちの計画が上手くいったら、確実にこの国は変わるんだ。
そんなことを考えながら立ちあがろうとした瞬間、ラピスの頭の中がぐらりと揺れた。
すると突然、おかしな映像が脳裏に浮かび上がってきたのだ。
銀色の閃光が頭の中を駆けて抜けていった。それは、直線に進むかと思うと、左右に曲がり幾何学模様を描き出す。
一体、これは何なんだ!
やけに明瞭に瞼に写る。ラピスは立っていられない程、大量に流れ込んでくる映像に堪らなくなって、頭を押さえながら岩場の上に座りこんだ。
* *
鏡の迷宮。まわりをぐるりと取り巻く自分の分身たちの前で、ゴットフリーは、はっと目を見開いた。
何だ、この光は……?
じわりと足元に白い光が浮かびあがってきている。目を凝らしてよく眺めてみると、それは薄い線を描きながら、彼を導くように前方へ伸びてゆく。
進路? ……まさか、この迷宮の?
誰が俺を助けてる? ジャン、霧花、BW、それとも……伐折羅か。わからない。だが、確かに……
俺には見える。この迷宮の答が!
ゴットフリーは、まずは用心深く、光のナビに従って一歩を踏み出してみた。それから、その道標通りに歩を進めた。壁にぶつかることもない。ふっと笑みをこぼすと、鏡の向こうのココに言う。
「ゴキブリ娘、俺の声は聞こえているな。何も考えず、前に一歩進んでみろ!」
「えっ、進んでいいの」
ためらう気持ちが強かったが、今、頼れるのはゴットフリーの言葉だけだ。ココは深呼吸をすると、大きく一歩、前に踏み出す。
「行けたよっ! 大丈夫」
弾んだ声を聞いて、ゴットフリーはほっと胸をなでおろした。前方を見すえ、光の道標を再度、確認する。
「そのまま壁にぶつかるまで、まっすぐ歩くんだ」
「壁にぶつかったよ」
「そしたら、左に曲がれ」
「……!」
途切れた声
「どうした?」
「駄目、壁があって前に進めない」
まさか、俺と逆なのか。それとも、全く別物……そうなってしまうと最悪だぞ。ゴットフリーはちっと口元を鳴らしてから、一瞬、思考を止めた。
「右に行ってみろ」
「え? 後ろにさがって右、は? また壁、左? あれ? わかんないよー。どっちが前で後ろだったのー」
馬鹿な奴! あの娘、自分の位置を見失ったな。いらだつ心をなだめながら、ゴットフリーはあえて、冷たくこう言った。
「自分の指を噛みきってしまえ」
「えーっ、舌を噛み切って死ねって? いくら何でもそれは酷いよ!」
「違うっ! 誰が舌と言った。少しでいいから自分のどこかを傷つけろ。血が出るだろう。それで、鏡に印をつけろ。あとは、俺の指示に従えっ」
ああ、なるほど。印をつけとけば、一度通った場所がわかるもんね……痛いけど、仕方ないか。
意を決したように、ふうっと一つ息を吐いてから、ココはポケットから迷宮の扉の鍵を開けた時に使った針金を取り出した。指を嚙み切るなんてできるわけないじゃん。その針金で人差し指をぶすりと刺す。
そして、
「痛たっ! 血が出た~。はあ、とりあえず、前の鏡に印をつけたよ」
「左にゆけるか」
「ゆけるよ」
さっきの位置とは明らかに違う。同じ位置なら、左には壁があったはず。
「右には行けるか」
「ゆける」
「後ろは?」
「壁」
「なら、その壁に印をつけて、右にまっすぐ進め」
「また、壁だよ」
「右に行けるか」
「ゆける」
「左は?」
「壁」
ゴットフリーは、ほっと息を継いだ。どうやら、ココ側の迷路はゴットフリー側と対称にできているようで、ようやく、自分と同じ位置にココをもどすことができたらしい。
「俺の指示を聞きながら進むんだ。壁にあたったら、必ず印をつけながら」
「でも、印をつけながらだったら、私でも考えれば迷宮を攻略できるかもねー」
ほっとしたのか、ココは急に饒舌になる。
「お前の頭で考えていたら、印のための血がいくらあっても足りないぞ。迷宮を抜ける前に出血多量で死ぬだろうよ」
小馬鹿にしたように、ゴットフリーが言う。
ひどいことを言うなあ。と、ココは口をとんがらせたが、冷静に考えると確かにそうかもしれなかった。それだから、
「あはは……、そしたら、ミラーハウスがホラーハウスになっちゃうかもね」
笑ってその場をごまかした。




