第19話 死にたくなければ近づくな
エターナル城の地下、迷宮の入り口に備え付けられた2つの扉。ゴットフリーはその扉をココに選ばした。
「えーっ、私が扉を選ぶの?」
“遠慮しとく”と、言いかけてから、ココはその言葉をぐっと飲み込んだ。ゴットフリーの灰色の瞳が自分を見すえている。逆らうことなんて絶対無理。仕方なく、ココは、
「う~ん、こっち!」
と、右の扉を指差した。
「理由は?」
「勘!」
「……」
「あっと、勘じゃない、勘じゃないから怒らないでっ。ほら、あんたが礼拝堂からの階段をひっぺがした時に言ってたでしょ。他の場所と違っているところはないか探せって。右の扉の真ん中に何かの模様があるよ。だから、そっちを選んだの」
ココに冷たい一瞥をくれると、ゴットフリーは視線を右の扉に移した。埃と苔にまみれて見づらかったが、確かに手のひらほどの大きさで、何かの形が彫り込まれている。
手でこすり、その形が現れた時、ゴットフリーはかすかに笑った。
「“ソード・リリー”か」
「え?」
「グラジオラスの花を知っているか。別名“ソード・リリー”または、“剣百合”とも言う」
扉には名の由来どおり、剣状の花びらを開かせた“グラジオラス”の花が彫りこまれていたのだ。
「そして、その名で呼ばれる王女“ソード・リリー”はこのグラン・パープルの象徴のような存在だ」
なら、右の扉で決まりじゃん。ココはゴットフリーの表情を伺うように、その顔を覗き込んだが、“いや、決めるのは左の扉も調べてからだ”と、彼は言った。
用心深い奴。こいつを騙せる奴って、この世にいないような気がしてきた。だが、ココがため息をついた瞬間、
「ゴットフリー?」
左の扉の前で、突然、ゴットフリーが膝から崩れ落ちるように倒れ込んだのだ。
「ゴットフリー、どうしたのっ」
驚いて駆け寄るココ。
激しい痛みがゴットフリーに襲いかかっていた。肩口から胸にかけての電流が走るような衝撃。息を荒げ、苦し紛れに掴んだ襟もとがはだけた時、奥に見えた傷の跡に、ココは、あっと声をあげた。
ひどい傷跡……それもあんなに紅く腫上がって……。
ゴットフリーは激しく息をきらして、扉の前にうずくまっている。
この傷が痛むほどに、俺はお前を思い出すと……
伐折羅、これはお前の警告か!
夜叉王、闇の行方はお前が誰より知っているか。
ゴットフリーは、近くにいたココの腕に手を伸ばして声をあげた。
「俺を……この扉から、離してくれ。力が入らないんだ。少しでもいいから、遠ざけてくれ」
「扉ってこの左側の扉?」
ココの問いに答えはなかった。大変なことになってるんじゃないの、これ。
ココはなりふり構わず、ゴットフリーの体に手を回すと、彼の体を左の扉から右へと引きずっていった。
胸元を押さえながら、ようやく顔をあげると、ゴットフリーは深く息をついた。痛みが徐々に消えてゆく。
「伐折羅……やり方が手荒すぎる。俺たちの行く方向を正してくれるのはあり難いが」
“この先、その傷はあなたを相当、痛い目にあわすと思うよ”
黒馬島でクロが言った言葉をしみじみと噛み締める。だが、伐折羅につけられた傷が自分の不利になるわけがない。
思いなおすように立ち上がると、心配げに見つめるココにゴットフリーは言う。
「右の扉だ。お前の選択は正しかったようだな」
「左の扉は……?」
「死にたくなければ、近づくな」
それが、夜叉王からの警告だ。
* *
右の扉のノブに手をかけ、ゴットフリーは軽く眉をしかめた。
「鍵がかかってる」
「鍵? ちょっと退いて」
態度をがらりと変えて、ココが元気に前に進み出る。そして、ポケットから針金のような金属片を取り出した。鍵穴に入れて、わずかに2秒。
「はい! 開きました」
ギィと開いた扉を背に、得意気に笑う。
「なるほど。さすがはプロといったところか」
サライ村の泥棒娘。その名は伊達じゃなかったわけだ。
最初は足手まといにしか思わなかったが、この娘、けっこう使えると、ゴットフリーは苦笑した。
「でも、こんな面倒くさい迷宮をグランパス王は、何のために作ったんだろ」
「達の悪いお遊びとしか思えない。きっと、意にそぐわない役人や罪人を放りこんで、彼らが迷い死んでゆくのを楽しんでいるんだ」
「えっ、それじゃ、レインボーヘブンの欠片は?」
「単なる呼び水かもな。迷宮に迷いこむ輩たちを集めるための」
「そんなのって、じゃ、私たちがここに来た意味がないじゃない!」
「かもしれない……と言っただけだ」
それでも、この妙な胸騒ぎ……心に響いてくる無言の声
「ここに来た意味、その答はきっとある。この迷宮の果てのどこかに」
ゴットフリーは、右の扉を開くと、その中に入って行った。ココは恐る恐る、その後を追った。
だが、
「ゴットフリー、どこっ!」
突然、消えてしまったその姿。ココは、自分が踏み込んだ場所を見渡して、一瞬、ぐらりと目がまわりそうな気分になった。
あっちも、こっちも……私、私、私!
鏡の部屋!




