8th Stage
コントのネタは、実際に外へ出て観察することによって生まれる。
トリオとしてのレギュラー番組『昼バラライブ』の出演を終えた俺は、本拠であるマンションへ戻ってから1人で再び外へ出ることにした。
単独お笑いライブで新たなコントを披露するために、俺は路上にどんなネタがあるかを周りを見回しながら探している。人間の歩く仕草や小鳥のさえずりなど、コントを作り上げるための素材は千差万別と言っていいだろう。
そんな時、2階建てのコーポとブロック塀に沿って駐車している軽のワンボックスカーが俺の目に入ってきた。
「向かいに駐車場があるのに、なぜそこに?」
一瞬疑問がよぎった俺だったが、もしかすると急ぎでここに停めているかもしれない。
ワンボックスカーのナンバープレートを見ると、『品川58× そ××-××』と記されている。すぐにスマホで写真を撮ろうとしたが、そうしたら被写体そのものが相手へのプライバシー侵害になりかねない。
SNSの影響力が強まる昨今、そこに常駐する住民は芸人に致命的な打撃を与えようと待ち構えている。俺は、スマホで写真を撮らない代わりにナンバープレートにある必要な情報をネタノートに書き記した。
「おっと、ここにいたら泥棒と間違われそうだ」
コントのネタになりそうな物は、他の場所にも転がっているはずだ。停車したままの車を後にすると、俺はネタ探しに没頭しながら他の場所へ行くことにした。
こうして再び静寂となった中、ワンボックスカーのそばには素早い足取りできた黒ずくめの服装でサングラス姿の男がいた。その男は、誰もいないことを確認すると慣れた手つきで車内の運転席へ乗車した。
自ら背負った黒のリュックを助手席へ置くと、その男はすぐにその場から去るように車を走り出した。
金曜の夜、『青田と風野のツーショット』の収録を終えた青田が俺たちの住処へ戻ってきた。青田は居間へ入ると、ネタの打ち合わせをしていた俺と黄島に伝えようと声を掛けた。
「嬉しいお知らせと残念なお知らせがあるけど、どっちから先に話そうか」
「青田、かしこまっていないで普通に話せばいいのに」
「じゃあ、嬉しいお知らせのほうから」
青田は、収録前にスタッフと綿密な打ち合わせを行うことが多い。シンゴーキがスタッフからの信頼を集めているのは、青田の存在が大きいに他ならない。
「CeroTubeチャンネルのスタッフに、今やっているツーショットの放送作家と映像スタッフが1人ずつ参加することになったので」
俺たちが撮影した2人コントの再生数が好調で順調な滑り出しを見せているが、コント以外の企画を配信するためには最低限のスタッフがいたほうが望ましい。
「それじゃあ、残念なお知らせとは?」
「打ち合わせの時に、風野を降板させてシンゴーキの3人が出演することを検討したいとスタッフの一部からささやき声で僕に伝えてきたんだ」
「こんなこと言って大丈夫なのか?」
「まだ検討段階だし。打ち合わせに風野なんか参加していないからな。番組配信の終了を考えたほうがいいスタッフもいるから何とも言えないけど」
あくまでスタッフが内々で考えている段階だし、青田もこの件に関してはかん口令が出ていると思う。少なくとも、正式発表があるまではうかつに口を出すようなことはできない。
ただ一つだけ言えるのは、共演者の風野が時間にルーズであるのがスタッフの間で広く共有されていることだ。収録開始ギリギリにスタジオへやってくるのを繰り返していれば、スタッフが匙を投げても不思議ではないだろう。