30th Stage
俺たち3人は、他のお笑いコンビやピン芸人とともにスタジオの右側に置かれた雛壇の椅子へ座った。司会者の立ち位置となるMC席は、芸人たちがいる雛壇からもはっきりと見渡すことができる。
いつもなら、リハーサルが始まるまでは芸人たちが内輪ネタで談笑することが多い。けれども、この日だけは芸人たちがスマホの画面を見ながらざわついているのが目に入ってしまう。
そして、俺の右隣には誰も座らない2つの椅子がポツンと置かれたままだ。ここに座る芸人が誰なのかは察しがつくけど、その名前を口にする人は1人もいない。
リハーサルを開始する前に、番組のディレクターが芸人たちのいる雛壇の前へやってくると出演者に関する説明を始めた。
「笑ジャックが、今日収録のこの番組への出演を辞退したいとの連絡が事務所を通して入りましたのでご連絡いたします」
その言葉と聞いた途端、俺たちは後方から『やっぱりなあ』とつぶやく声が漏れていることに気づいた。
番組収録終了後、俺たち3人がテレビ局を出てしばらく歩くとビル群に面した交差点へ差し掛かった。風野が逮捕されたニュースは、横断歩道を渡った先のファッションビルに設置されている街頭ビジョンでも報じられていた。
「都内のコーポで下着を窃盗したとして、お笑いコンビ『笑ジャック』の風野秀一容疑者が窃盗と住居侵入の疑いで警視庁に逮捕されました」
「調べによりますと、風野容疑者は11月8日の午後2時ごろに杉並区内のコーポの敷地内に入って女性用下着を盗んだ疑いが持たれています」
「風野容疑者の自宅からは、女性用の下着が数百枚見つかっていることから、警視庁は余罪についてもさらに追及するとしています」
「風野容疑者は、2日前に相方の野村弘真さんとともに吉祥寺での単独ライブを行っており、今日も年末に放送予定の特別番組の収録にコンビで出演する予定でした」
キャスターによって次々と出てくる報道で、風野のアンダーグラウンドな裏の顔がついに表沙汰に晒されることとなった。売れない時代から15年にも及ぶ風野の下着泥棒の経歴は、相方に対して泥を塗るような行為で決して許されるものではない。
風野は、逮捕のニュースが報じられた翌日に所属事務所から解雇されてそのまま芸人としての引退を余儀なくされた。同時に、笑ジャックの解散もその日のうちに事務所から発表された。
俺たちの住処となるマンションへ戻っても、テレビ画面には風野の逮捕とそれに関連する報道がトップニュースとして流れている。居間のテーブルでノートパソコンを開くと、俺はシンゴーキチャンネルから風野が出演した動画を全て削除することを決めた。
「あの引退宣言は何だったのか。もう、あいつと顔を合わせるということはないな」
この件は薄々気づいていたはずだが、そのことを相手の前で言うことができるとは限らない。毅然さを見せるべきだったか、それとも黙ったままにしておくべきだったか、俺たちは今でも自問自答を繰り返している。




