2nd Stage
それから2日後、俺たちシンゴーキはレギュラー番組の生放送『昼バラライブ』に出演するためにテレビ局の控室へやってきた。時計の針は午前10時30分を回っていた。
ラジオやネット配信、お笑いライブと異なり、テレビはコンプライアンスが相当厳しいということを肌で感じている。一方で、テレビなら若者以外の層に自分たちをアピールする絶好の機会なのもまた事実だ。
そうするうちに、本番が始まる正午まであと30分ちょっととなった。生放送が行われるAスタジオに入ると、俺たちよりも若い無名の漫才コンビが観覧客を前に前説を行っていた。
「俺たちも、売れていない頃は前説でも何でも引き受けていたなあ」
今のように注目されているのならともかく、無名の頃はギャラも相当安いのでオファーがあれば選り好みせずに引き受けざるを得ないのが実情だ。
そんな俺たちに恵まれた環境を与えてくれるのは、番組に携わる多くのスタッフのおかげということを忘れないようにしなければならない。それを裏切る行状があれば、芸能生命が絶たれても文句は言えないだろう。
生放送が始まると、司会担当でベテラン芸人の本原おえどが曜日レギュラーとゲストの紹介をするのが通例となっている。俺たちは、小さい時からテレビの向こうで活躍していたタレントと仕事ができる幸せを噛みしめている。
「そして、今日のゲストは笑ジャック!」
本原の呼びかける声に、笑ジャックの風野秀一と野村弘真の2人が生放送のスタジオへ出てきた。
笑ジャックといえば、ツッコミ担当の風野とボケ担当の野村による学校コントが評判を呼んでいるコンビとして知られている。
「風野って、コントでは女子生徒を演じることが多いような……」
正直なことを言うと、笑ジャックのコントはテレビかDVDでしか見たことがない。最近は、お笑いライブのステージに彼らが出演することも少なくなっている。
コンビよりもピンでの活動が多いというのは、成熟したお笑い芸人の宿命と言えばそれまでかもしれないが……。
その日の夜、俺たち3人が暮らすマンションの一室にチャイムが鳴り響いた。俺が玄関に出てドアを開けると、笑ジャックの2人が慣れた様子で室内へ入った。
居間に集まった5人はテーブルの周りに座ると、お互いの近況報告から話が始まった。仕事のことからプライベートのことまで、放送やネット配信では言えない下ネタを交えながら……。
いずれにせよ、多忙を極めながらも仕事が充実している点で俺たちは共通するものがある。たった1人を除いて……。
「それはそうと、風野はゲスト出演以外で目にしたのが青田との番組しかないけど……」
「スケジュールがスカスカだなあ。あとは、舞台でピン芸人としての出演が数えるぐらいしかないし……」
他の人間が指摘する間、風野はそれに反論することなく黙っているままだ。これほど自己主張をしない芸人というのはあまり耳にしたことはない。まあ、我の強すぎる芸人というのも困りものだが……。
気になったのは、風野が自分のスマホを取り出して何度も確認する素振りを見せていることだ。後ろめたいことでもしているのではと推察するのは簡単だけど、実際のところは本人にしか分からないだろう。
「あっ、もう11時か。明日からドラマの撮影が続くから、お先に失礼しますね」
野村は俳優としての仕事を数多く抱えているので、一足早くこのマンションから後にした。部屋の中にいるのは、俺たちシンゴーキのメンバー3人に風野を加えた4人となった。
「そんなら、今日はここで泊ってもいいぞ」
俺が声を掛けた時、風野は床にあった新聞を広げながら目を通していた。彼の性格からして、あまり新聞を読まないイメージがあるのだが……。