28th Stage
風野が発した引退発言は、相方の野村にとって寝耳に水と言っても過言ではない。2年ぶりに開催された単独ライブのタイトルを『笑のGENTEN』としたのも、コンビとしての原点を見つめる意味合いで名づけたはずだが……。
言葉が出ない野村に代わって、俺は相方を考えずに自分から引退のことを口にした風野に問いただすことにした。
「いきなり引退って、これまで収録済みの番組や今後のイベントはどうするんだ」
「そ、それは……」
風野は、相方がいる前で引退の真意について口にすることができない。この様子に、俺は焦る気持ちが募る風野に助け舟を出すことにした。
「ここで話せないのなら、他のところで話そうか」
「どこで?」
「自分の家があるだろ。そこだったら気兼ねすることなく話せるし」
自宅なら、俺と風野が面と向かって話すのにぴったりなのは間違いないだろう。だが、俺が出したこの案に風野は首を横に振るばかりだ。
「困ったなあ……。自宅がダメなら、どこですればいいのか」
風野は、この件に関して自宅で話すのを頑なに拒み続けている。彼にとって、自宅で話すのは不都合なことだろうか。
「そうだ! 近くにネットカフェがあるから」
「ネットカフェって、声が漏れるのでは……」
「完全防音の個室があるので」
「う、うん……」
俺は、気乗りしない風野を説得してネットカフェへ連れて行くことにした。控室から出ようとした時、野村は俺へ話しかけようとやってきた。
「風野の引退の件、本当なんですか?」
「引退しないのなら、ここで言うことはないだろう」
「じゃあ、本当に芸人をやめるのか」
「俺が止めようとしても、風野は引退を撤回することはないのでは」
野村からすれば、相方がいきなり引退宣言したことに驚くのも無理はない。けれども、俺は笑ジャックの単独ライブを見て、2人のコントに対する考え方の隔たりが大きいのではと感じ取った。
「もしかしたら、風野は『笑のGENTEN』で本当に芸人をやめる決意を固めたのではないか」
俺は、芸人引退の真意を聞こうと風野を連れて小劇場ホールから少し離れた場所のインターネットカフェへ入店することにした。防音が完備されている2人用のプレミアムルームを選ぶと、1階の奥にあるその部屋に入って鍵を施錠することにした。
「ここなら、誰にも気兼ねなく話せるから」
テレビやパソコンが一通り揃ったこの部屋で、俺はソファに座った風野がどんなことを言うのかじっと見守ることにした。すると、しばらく沈黙していた風野が何か言おうとゆっくりと口を開いた。
「さっき言った芸人の引退は本当のことさ。あの時、赤井さんが言ったように動画配信のチャンネルとかを考えればよかったけど……」
「それができなかったということか」
「どうしてもコントグランプリの王者というのが頭に残っていて、新しいことにチャレンジしようという気力がなかったというか……」
風野は、自分の力量に限界を感じたと芸人を引退することを俺の前で明言した。しかし、芸人引退に踏み切った理由はそれだけではない。
「シンゴーキチャンネルの企画で、赤井さんと1拍2日の共同生活を行っていた途中で急な仕事で外出したことは知っているよな」
「それはもちろん覚えているけど」
「そのことだけど、急な仕事と噓をついて本当に申し訳ない。あの日、警察からの電話で事情聴取の呼び出しを受けて……」




