19th Stage
マンションに戻ると、居間のテーブルの周りにいつもと違った男たちがいることに気づいた。どう見ても、暑苦しそうな男連中が5人も集まって何をするつもりなのかと思う人も多いだろう。
当然のことだが、これだけの人間が何の意味なしにテーブルを囲んでいるわけではない。俺の目の前には、青田と黄島に加えて、 CeroTubeチャンネルにスタッフとして参加している放送作家の坂塚と映像スタッフの峰渕がテーブル向かいに座っている。
「赤井さん、ご苦労様です。早速ここへ座って」
どうやら、坂塚と峰渕は俺が単独でパーソナリティを担当するラジオ番組を聴いているようだ。この2人がここにいるのは、俺たちシンゴーキが3人揃って出演する新番組の打ち合わせをするためだ。
「早速だけど、金曜日に収録する『シンゴーキのスリーショット』についてだが」
今回の収録は、新装開店の初回を含めて4回分を配信専用スタジオにて行うことが決まっている。『青田と風野のツーショット』の実質的なリニューアルなのは自明の理だが、スタッフはこれを機に番組イメージをがらりと変えたいようだ。
「とりあえず、初回は3人の貧乏体験を面白おかしく話そうかな」
「数年前までは、お笑いだけでは食べることができなかったし」
「かけそば1杯を3人で分けて食べたこともあったなあ」
「おっ! それいいね」
貧乏ネタと切っては切れない宿命なのは、お笑い芸人ならではの特有事情なしに語ることはできない。いずれにせよ、初回と第2回は貧乏ネタの前後編で引っ張ることができそうだ。
企画会議と称する男たちの話し合いは、夜になってもまだ終わる気配はない。その間、俺は一旦席を外して作った麻婆豆腐とスープをテーブルのほうへ持ってきた。テーブルの上には、ノンアルコールビールの小瓶5本とグラスも用意している。
「どうもありがとう。今日は車できているからね」
「これだけ気配りができれば、我々も安心して番組を任すことができるよ」
スタッフがこれほどまでに俺たちにオファーしたのは、もちろん青田の前番組での評価が高いことが決め手になったのは言うまでもないだろう。だが、それ以上に大きな要因となったのは前番組のもう1人の出演者に関する良からぬ噂の存在だ。
坂塚は、自らカバンから取り出した1冊の雑誌を俺に見せた。その雑誌は、『実話KQナイト』というタイトルの実話誌だ。実話誌とあって、掲載されているのは暴力団ネタや風俗ネタとともに、芸能人・著名人の裏ネタがページの大半を占めている。
「この中に、コントのネタになりそうなにはどのくらいあるかな?」
「コントのネタのことよりも、この表紙にある見出しが……」
雑誌の表紙の見出しを見た途端、俺は思わず唖然とした。そこに書かれた見出しにはこう記されている。
「衝撃! 『コントグランプリ』王者芸人Xが下着売買サイトに盗品を出品か」
そこにある芸人Xは少し前に青田が見たネットニュースと同じだが、それが同一人物であるかは定かではない。ただ、今回の見出しには俺たちも決勝まで進出した『コントグランプリ』の王者とはっきりと出ているのでどうしても気になってしまう。
煽情的な見出しに釣られながらも、俺はその記事を目で追うことにした。疑惑の人物が『コントグランプリ』王者なら、それに該当する者もかなり絞られるはずだ。
使用済みの女性用下着の売買を行うWEBサイトの運営者が逮捕されたのは、これまで様々な媒体における報道で既出済みだ。そんな記事の中で、俺はお笑いライターと称する男からのコメントに目に留めた。
「Xは、お笑いコンビZで『コントグランプリ』王者に輝いたので知名度も高いはずですよ。まあ、ここ2年ほどはテレビで見かけることもめっきりと少なくなったので気になっていましたが……」
記事では、他にも個性派俳優としてドラマや映画の出演オファーが多い相方に対して、Xは唯一のレギュラーだったネット配信番組が終了するなどZのコンビ間格差が拡大していると次のように掲載されている。
「番組が終了したのは、収録開始ギリギリでスタジオにくるといったXのルーズなことが相当あったからとのことですが、それは表向きの理由。実際には、Xの所業がスタッフに露見されたからというのが本当の理由です」
俺はこれらの記事を何度も見つつも、実話誌という媒体であるが故の信憑性に疑問を抱いていた。これに気づいた坂塚は、すぐに俺の耳元へひそひそと声を掛けてきた。
「首を傾げているようだがどうしたんだ?」
「この記事、信用してもいいんですか?」
雑誌のネタを信用しかねる理由、それは実際に起きている事件における関係者のコメントが信用するに値しないことが多いからだ。コントのネタに使うのであれば、こういった雑誌からいくつか着想を得て考えることもできるだろうけど……。
「イニシャルの頭文字だったら別だけど、XとかZとか使っている時点では信用できないと思うのも無理はないなあ」
坂塚が俺に伝えたかったこと、それはイニシャルの有無と信憑性の高さは表裏一体の関係にあるということだ。




