よくある事
目を覚ます、身体を調べる。刺し傷無し、火傷無し、何処かの部位が無くなってることも無い。
肺に空気が満たされている、心臓も問題なく動き、肝臓や脳が痛む事も無い。
至って、正常だ。
隣の死体に目をやると、身体中刺されて死んでいた。
反対側の死体を見ると、つま先まで黒焦げになって死んでいた。
気にする事はない、ただの知らない人の知らない死だ。
階段を降り、転げていった死体を足で避け、リビングの扉を開ける。
「おはよ、ご飯できてるよ」
青年がキッチンから声をかけてくる、血みどろのパン切り包丁を持って。
私は顔も向けずに会釈して食卓に着く。
素晴らしい食材達が使われている、恐らく彼がその包丁で切り分けてくれたのだろう。この濃い血の香りはキチガイなら食欲をそそられるかもしれない。私は遠慮して水道水だけで済ませる。
「そ、その………」
彼が声をかけてきた、振り返らず手を止める。逃げようとしてその包丁を頭に突き刺せられれば確実に死ぬだろうから。
「あの、食べたい料理あったら言ってくれないか?できる限り用意するから…」
それなら気狂いの手が何一つ加わってない料理を食べたいな、気狂いが作らず気狂いが食材を持たず気狂いが何も頼まず気狂いが同じ食卓に居ない食事を。
私は頷いて、彼の気を損なわないように、しかし絶対に親しみの一つも持たれない様に、扉を閉じて階段を登り自分の部屋に戻った。
私の部屋は1日の殆どをそこで過ごしているとは思えない程には整っていると思う。ベット、絨毯、窓、それくらいしか特筆するものが無い……ただ、死体はその内に入らない。
先程無かった、頭をかち割られ中身をはみ出させた死体が扉前に転がっている。いつ見ても多種多様だ、醜くて、無惨で、吐き気がする。
私は死にたく無い。何故かといえば死にたく無いから、としか言えない。全てが0の闇に飛び込みたく無い、というか。理解の追いつかないモノに触れたく無い、というか。何だか………
…とりあえず、死体が増えようが私は死にたく無い。これらに親しみなんて持てるはずがない。
黒い車道、白い歩道。二つが重なる。
巨大な鉄の塊が車道を行く。
小さな肉の塊が歩道を逝く。
赤い信号、赤い血。二つで止まる。
目を瞑る。腕を広げる。目の前に私がいる、死体の私が。
刺し傷無し、火傷無し、何処かの部位が無くなってることも無い。
では何故死んだか?
人は死ぬ為に生きている。
死んだ手を掴んだらすぐにもげた。
冷たかった。