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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

名誉の戦慄

作者: 奈良ひさぎ

「くっ……殺しなさい!」


 すでにシュトルツはあまりに強大な力に屈服していた。あるいは、蹂躙されたと表現すべきかもしれない。散歩ついでに道端の小石を蹴るような、何でもないことのようにかの大国は我々を攻め滅ぼそうとしていた。


「わざわざ言われなくともそうさせてもらう。お前のような、小国には勿体ない力を持った女を生かしておくわけにはいかん。たとえ、シュトルツが我々への隷属を申し出てこようとな」

「……っ」

「だいたい、人手が足りんとはいえ、一国の皇女に武術の心得があるとは何事だ? いかにも世の男どもが好みそうな体つきをしているが、なぜその道を選んだ?」


 答えはしない。一人の兵士ながら、次の王となるはずだった私は、ここで黙って死なねばならない。ここまで来れば、私は何の情報も持たぬ『役に立たない』女兵士の一人として、静かに死を迎えるのが責務。

 この男、ベーゼヴィヒトの言う通り、確かに私の父と母にそのような心得はない。国王たる父は(まつりごと)に、后たる母は教育にそれぞれ長けているものの、いずれも我々の軍の一兵卒とすら勝負にならない。そもそも研鑽を積んでこなかったからだ。シュトルツが小国であることも災いし、散々苦労を重ねてきたからか、父母は私に剣の師をつけ、勉学と王たる者としての振る舞い、そして時に力で相手をねじ伏せる手法を学ばせた。


「もっとも、これを機にお前がその手を慈しみに使う、と言うのであれば別だ。私も元皇女を娶ることほど身に余る幸福はない。存分に『使って』やる」

「貴様の女になど……なるものか」

「ならば死あるのみだ。残念だな、私は大した魔導師でもないというのに」


 この男はどうやら嘘が得意なようだ。それも、私に易々と嘘を見破られることを分かっていて、適当なことを口にしている。これほどに苛立つ男もそうはいまい。魔導師というのは、この男の属する大帝国、アロガントの軍でも特に実力を認められた十人にしか与えられない称号。魔術を主戦力とするかの国においては、権力をも併せ持つと言っていい。私が言えたことではないが、この男も直接戦場に出て力を振るっていること自体、おかしな話なのだ。

 私を取り囲むように、魔力でできた禍々しい鏡がいくつも現れる。そこに魔力弾をひとたび当てれば、鏡の中の世界とを往復することで魔力が増強され、たちまち人一人の命を奪う代物となる。この男が指をあと少し動かせば、私は命を落とす。


「聞けば、シュトルツの女は我々が欲する良質な魔力をよく蓄えているらしい。気候に恵まれ、普段から良いものを食しているからだろう。お前を死に至らしめれば、その魔力を我が物とすることができる」

「好きにしろ……私の魔力は、その程度では貴様には従わない」

「いいや、叶う。今から新鮮な魔力を操るのが楽しみだ」


 私は腰に携えた剣を構えることもしない。この期に及んで惨めな抵抗をするのは、私の矜持が許さない。そっと目を閉じ、その時を待つ。鏡から自らが苦しむ姿を見るのも御免だった。


「……ぐっ!?」


 その時だった。何か異変が起こったらしいということを、空気から感じ取った。間違いなく、男が発した苦悶の声。警戒して目は開けない。しかしかすかに、自らのものではない血の臭いを感じた。血を流している?


「誰だ!」


 その言葉を発し終わるより前に私は動いた。一瞬の判断。これは好遇だ。たとえ反撃を食らい死んだとしても、惨めではない。私の名誉は損なわれない。懐に隠し持っていた火薬弾を頭上に向かって放り投げ、鏡が砕ける音を背後に聞きながら、不可解なほどに没入した状態で目の前に向かって一太刀を入れる。重く鈍い感触が伝わってきた。


「ぐ……ぅ……っ」


 男をその場で倒れ伏せさせたのが分かり、私は初めて目を開いた。男は深い傷を負い、肩で息をしていた。


「なん……だ……これは……」


 私も同様だった。あまりに突然のことで状況の理解が追いついていない。しかし魔術による伝達が彼に届いた時、私はともに何が起こったのかを悟った。


 撤退だ、首都に奇襲をかけられている。このままでは先にこちらが陥落しかねない。


 彼が露骨に歯ぎしりをする。私はすでに使い物にならなくなった、魔術を撃ち出す彼の腕を見ながら宣言した。


「我が軍門に降りなさい」

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