93話 最後の戦い(6)
「はあ……」
日衣菜が深いため息をついた。
零の捜索チームの一員になることになった蓮と日衣菜は、他のチームメンバーと待ち合わせをするために待ノ間に来ていた。
「ため息はやめてくれよ照原。俺まで気が重くなるだろ」
「無理言わないでよー。Sランクの人と任務とか想像するだけで寿命が縮みそう。来条君は平気なの?」
「平気なわけがないだろう…俺なんてこのフリフリのワンピースにウサ耳つけて皆と会わないといけないんだぞ!ほとんど初対面の人達しかいないのに!この恰好で!」
「ああ…まだそれ慣れてなかったんだ、瑠依ちゃんの作ってくれたやつ。似合ってるからいいじゃん」
「そういう問題じゃないんだよう」
日衣菜が自分の訴えに対してまともに取り合ってくれなかったので、蓮は拗ねた。
捜索チームは重要な任務を任されるため、蓮と日衣菜以外は皆Sランクチームに所属していた魔法使いで構成されている。自分達よりも実力が何倍も上の人達と任務に向かう。他のメンバーの足を引っ張らないだろうか、Bランクチームにいた自分達が役に立てるのか…様々な不安が二人にのしかかった。
瑠依と夢乃は虚念の退治チームへの配属となり、チーム015は二つに分かれてしまった。早くも元のチームが恋しくなっているところに、錐野と藤井がやってきた。二人は蓮達と同じ捜索チームのメンバーである。
藤井は蓮達の様子に気付いたのか、心配そうに声をかけた。
「二人とも元気ないね。どうしたの?」
「藤井さん!私達すごく不安なんですよ!周りがSランクしかいないのに場違いみたいで…」
日衣菜が必死に訴えると、藤井は快活に笑った。
「チームのランクは一つの指標に過ぎないよ。二人は魔法使いの修行を始めるのが他の子よりも遅かっただけで、Sランクになる素質は十分あると僕は思っているよ。あまり気負いせずに、頑張ればいいんじゃないかな」
「そ、そうですかね…」
「そうさ。ね?錐野君」
急に話を振られ、錐野はワンテンポ遅れてから返事をした。
「え?ああ…そうですね。二人はいるだけでもありがたい存在だから堂々としていればいいと思う。今日は顔合わせと作戦会議の後に零の捜索へ向かうわけだが、そんな緊張しなくても大丈夫だろ」
錐野と藤井の言葉に二人は少しだけ気分が軽くなったが、緊張していることには変わりはなかった。
★
捜索チームのメンバーが揃い、待ノ間内にある会議室へ向かった。藤井と錐野以外は知らない魔法使いばかりだったが、親切そうな人たちだったので蓮と日衣菜は少しだけ安心した。
それぞれ簡単な自己紹介を済ませた後、早速作戦会議が始まった。
捜索チームのリーダーである藤井は皆の前に立ち、大きなスクリーンに日本地図を三枚表示させた。それは何かの分布図のようだった。
「これは、ここ三日間の虚念の出現場所をまとめたものだ。特殊魔法『生命創造』の能力には“魔法で創られた魔力生命体は使用者である魔法使いからある程度離れると弱体化する”という特徴がある。地図の上の黄色の点があるところが、虚念が出現した場所だ」
地図を見ると、虚念は一つの場所を中心としてそこから散らばるようにして円形に広がっているようにみえる。中心になっている場所は三日間ともバラバラだったが、いずれも蓮が住んでいる地域の周辺であった。
「これってつまり、零は蓮の命を狙っているってことですよね?虚念が出現している場所の近くに零がいるってことだから」
錐野が訊くと、藤井は頷いた。
「その通り、この分布から見ても零は来条さんを殺す機会をうかがっている。それは間違いないだろうね」
「あのー、ちょっといいっすか?」
話を聞いていた捜索チームの一人、明るめの茶髪をした青年が申し訳なさそうな顔で手を挙げた。
「どうかした?松木君」
「オレ、ちょっとよくわかってないんですけど、何で零は来条君を狙ってるんですかね?確かに過去に干渉できる魔法って強いっすよ?でもそれが零にとって何で脅威なのか、正直イマイチわからないんですよ。紫夜君の件はもう解決したんでしょ?じゃあもう来条君は零にとって脅威ではないんじゃないすか?」
松木が少しくだけた軽い口調で質問すると、藤井は答えた。
「生命創造は非常に珍しい特殊魔法だからあまり知られていないが、実質不死身になれる魔法でもあるんだ」
「それは知ってますよ。だから今でも零は生き続けているんでしょ?」
「そうだ。ただ、自分と同一の生命体を創りだすのには代償があってね…魔法使用者自身の命を捧げる必要がある」
「えっ、自分の命?」
二人の会話を聞いてた他のメンバーもそれを聞いて驚きの反応を見せた。藤井は説明を続けた。
「要は死ぬ直前に自分の分身を創ればいい。でも、いつ死の淵に立たされるかなんてわからない。だから零は、自分が死にそうになったら自動的にその魔法を発動するようにしているんじゃないかと魔光会の上層部は予想している」
「自動的に発動…じゃあ、殺しても零はまた生き返るってことですか?無敵じゃないですか!」
「だが、それを打ち破る手段が一つだけある。それが来条さんの特殊魔法『事実否定』の能力だ」
捜索メンバー全員の視線が一気に蓮に集まる。蓮は思わず肩を縮めた。
「来条さんの特殊魔法は、あらゆる事実をなかった事にできる…だから、“零が自分と同一の生命体を創った”という事実もなかった事にできる。そうなってしまえば、零は自分と同一の生命体を創れずに終わり、本当の意味で死ぬ。零にとって『事実否定』の能力は唯一の天敵といってもいい」
「なるほど…でも待てよ?そうしたら今、来条君がその魔法使ったらいいんじゃね?零が同一の生命体を創った事実をなかった事にすればいいんでしょ?」
「そんな簡単な話じゃないよ、松木君。事実否定の魔法はタイミング次第では代償を伴うんだ。ある程度時間が経った過去の出来事の場合、その過去の時点まで戻ってしまうという代償が発生する。それは避けたい。魔法を使うなら、そのタイミングは零が分身の生命体を創った直後だ」
藤井と松木の話を聞いていた蓮は不安要素が一つだけ頭に浮かんだので手を挙げた。
「藤井さん。それだと紫夜の魔法も零に効きませんか?彼も危ないんじゃ…」
「笹村さんの特殊魔法は代償がある魔法の効果は打ち消せない。だから効かないんだよ」
紫夜は零の標的にならない。それを聞いて蓮は安堵した。しかし逆に、零にとっての弱点は自分一人であり、この戦いにおいて重要な役目を担っているという現実が蓮に重くのしかかった。




