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83話 決意(12)


 病院の白いベッドで笹村紫夜は窓の外を眺めていた。風に揺られたカーテンの隙間から青い空と、高層ビルなどの建物が見える。


 もうすぐ十二歳の誕生日を迎えようとしている紫夜は、自分の運命を既に知っていた。もう自分に残された時間は多くはないのだと、両親や見舞いに来る友人の表情を見ているだけでも十分にわかる。


 死という概念を自分はまだはっきりと理解していない事もあり、恐怖はなかった。ただ、病で弱ってしまった自分を見て悲しんでいる人を見ていると、こっちまで悲しくなる。そう考えると、受け入れているとはいえ自分はまだ死にたくないのだろう…そう紫夜は考えていた。


 そんな少年の前に、一人の男が現れた。窓の外から入ってきたその若い男は、紫夜を目にすると明るい笑顔で手を振った。


「アンタ、もうすぐ死ぬんだって?」


 紫夜はぽかんと口を開けたまま男の質問に無言で頷いた。驚くのも無理はない。紫夜がいる病室は四階だ。窓から入ってきたこの男は一体どうやってここまでたどり着いたというのか。


 男はベッドの端に座って足を組み、紫夜に目を向けた。


「君が死なない方法、教えてあげようか?」

「…そんな方法があるの?」


 人を疑う事を知らない紫夜が話を素直に聞く姿勢を見せると、男はニヤリと笑った。


「あるさ。魔法を使って、お前の病を治すんだ。俺は不死の魔法を使えるからな」

「凄い!そんな魔法があるだなんて!」


 希望を見出した紫夜の顔が一気に明るくなったが、男は気にせず話を続けた。


「でもそれには条件がある」

「条件?」

「俺は不死の魔法が使えるが、その対象は自分の体だけだ。お前の病を治すには、お前の体を乗っ取る必要がある」

「体を乗っ取る…それって、君が僕になるって事?」

「呑み込みが早くて助かるよ。断るかい?でも、中身が俺だったとしても、外見は君のままだからね。まず周りは気付かないだろうし、愛する息子が奇跡を起こしたとなれば、君のご両親はきっと泣いて喜ぶと思うよ」


 紫夜の顔が少し曇った。男の言っている事の意味がわかったのだろう。紫夜は少し考えてから、落ち着いた口調で答えた。


「…それでも…いいよ。ただ、約束してくれるかい?」

「いいよ。何でも言ってごらん」

「僕の体を乗っ取った後…君には笹村紫夜になりきってほしいんだ。僕が出来なかった事、やってみたかった事、好きな事…全部僕の代わりに叶えてほしい。今日から君が僕になる。お父さんとお母さんを、悲しませたくないんだ……」

「わかった。今日から僕は君になるよ」


 それくらいなら叶えてやってもいい。念願の魔法を手に入れるまで後もう少しなのだから。男が上機嫌で頷くと、紫夜は「ありがとう」と言ってふわりと笑った。


 こうして、当時十一歳だった紫夜は影に体を渡し、影は笹村紫夜の体を手に入れた。





 紫夜となった影は、まずは紫夜になりきる事に専念した。紫夜が読んでいた本や好きな食べ者等、彼について隈なく調べた。乗っ取る前に本人から直接聞けばよかったと影は後悔したが、彼が心変わりしないうちに体を乗っ取る必要があったのでこれは仕方のない事だと諦めた。


 まず気を付けるべきは紫夜の両親だ。我が子の事だ、ささいな変化でも気付きかねない。紫夜はどんな笑い方をするのかアルバムの写真を見て練習し、話し方は実際に話したのでそれを真似する―――両親に怪しまれないように、二人と接する時は細心の注意を払った。


 自分が笹村紫夜として完璧に振舞えているかどうか、紫夜の両親の反応を見て確かめる必要があったが、二人の嬉しそうな様子を見ているとそれは全く問題ないだろう。退院してから五か月ほど経ったが、紫夜の両親は未だに息子の異変に気付いていない。影は自分が笹村紫夜になりきれている事を確信した。


 十二月。周囲は着込んでコートやマフラーを身に纏った人々で溢れていた。


 退院してからしばらくは安静にしていたが、それももう必要がないほど紫夜の体は健康的になっていた。自由に外へ出られるようになり、そろそろ来条蓮と接触したいと考えていた影は、彼の家に電話して会う約束をした。


 蓮と初めて接触するが上手くやれるだろうか。ここで間違えたら全て終わりだ。相手は紫夜と同じまだ小学生の子供なのだ。大丈夫、両親ですら気付かないのだから大丈夫―――影は自分を安心させるようにそう言い聞かせた。


 待ち合わせ場所に指定した近所にある公園。冷たい風が吹き、息を吐くと白くなる。曇り空の下、蓮は紫夜の姿を見つけると駆け寄ってきた。


「紫夜…!本当にもう大丈夫なのか」

「うん。大丈夫だよ。久しぶりだね、蓮…おっと」


 来条蓮は今にも泣きそうな顔をしたまま、紫夜に抱き着いた。


「よかった…本当によかった…」

「蓮がお見舞いに来てくれたおかげだよ」


 影は紫夜になりきって、優しい声音で言った。彼がよく紫夜の見舞いに来ていた事を影は知っていた。蓮が紫夜に送った子供らしい大きな字で書かれたメッセージカードが、紫夜のいた病室に飾ってあったからだ。


「俺…もう紫夜に会えないのかと思ってた…でも、十二歳になってもこんなに元気で…」


 蓮は抱き着いたまま、影の耳元ですすり泣く。それだけ紫夜との再会が嬉しかったのだろう。


 笹村紫夜は来条蓮の幼馴染でとても仲がいい。だからこそ、影は紫夜の体を乗っ取ったのだ。計画は思い通りに進んでいる。影は蓮に表情を見られていない事をいいことに、ニヤリと笑った。




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