81話 決意(10)
目が覚めると、青く澄み渡る大空が視界に入った。草の匂いがする。どうやら雑草の中でうつ伏せになって寝ていたらしい。何がなんだかわからず途方に暮れていると、小雪と四岐が顔を覗き込むようにこちらを見ている。Tシャツとジーンズ姿の四岐を見て、現代に戻ったのだとすぐにわかった。
小雪は相変わらずの無表情だが、四岐は心配そうに蓮に声をかけた。
「大丈夫だったか?」
「…戻ったのか。俺は」
蓮は上体を起こして頭をさすった。ショッキングな光景を続けざまに見てしまったせいか、頭が重い。
「…お前には辛い思いをさせたな」
「辛かったのは村の人達だろ。お前も含めて」
「……もっと他にいい方法があったのかもしれない。俺は死霊として日衣菜に呼び出されてから、それだけをずっと考えていた。あの時は…皆を村の外に逃がしたら大変な事になる、皆を人殺しにしたくない…って、それだけを考えていた。だけどあれは…やってはいけない事だったんだ」
蓮が過去の世界で最後に見た四岐の後ろ姿は酷く哀れで、そして痛ましかった。彼が零の魔法の影響を受けなかったのは、普段から魔力をコントロールして魔法に対する耐性を身に着けていたからだろう。
四岐はあの後、零の魔法により狂ってしまった村の人々を殺した。
周りの人間が狂っていく中、最後まで四岐は独りだった。
「……原因、わかったぞ」
四岐は伏せていた顔を上げた。蓮の答えをじっと待っている。
蓮は見た事全てを四岐に伝えた。零が魔法使いだった事。志尾が零に殺された事。
話の最後に四岐は頭を抱えて、信じられないといった表情をした。四岐と零は幼馴染だったのだ。当然の反応だった。
「零…そんな。まさかアイツが…その後、零はどうなったんだろう」
「零は今も生きている」
「そんな馬鹿な。零は人間だぞ。とっくに寿命は尽きているはずだ」
「俺は零を見た事がある。アイツは影と共に行動をしていた。間違いない」
「マジかよ…アイツは一体何者なんだ」
「わからない。それはこれから調べる。あの時零が使った魔法の内容や計画についても知る必要があるしな」
蓮はゆっくりと立ち上がり、服に付着した土をはらった。
「それに…志尾の為にも、俺はやらないといけない事がある」
「蓮、お前…」
四岐はそれ以上何も言わなかった。蓮がこれからやろうとしている事、その意味を察したのかもしれない。
最後にかつて村があったこの場所に別れを告げるように一望した後、蓮達はその場を立ち去った。
☆
紫夜はいつものベンチに座って静かに本を読んでいた。蓮が目の前に立つと、紫夜は読みかけの本を閉じ、顔をゆっくりと上げて小さく微笑んだ。
「蓮じゃないか。どうしたの?」
「紫夜、お前に聞きたい事がある」
「何かな?」
「ここじゃ話せないから移動しよう」
紫夜は不思議そうに目を瞬いたが、蓮の真剣な表情を見るとすぐに頷いて立ち上がった。
公園を少し歩いたところに、河川敷がある。そこは前に奈月と話をした場所であり、まだ小学生だった頃に紫夜と一緒に遊んだ場所でもあった。夕暮れ時の淡い橙色の空の下、蓮は紫夜と並んで歩きながら幼い頃の事を思い出す。
紫夜は小学生の時は体が弱く、遊ぶ時はいつも紫夜の母が付き添っていた。紫夜は激しい運動は出来ないので、野に咲く花を眺めながら、一緒に川沿いをゆっくり散歩する事が多かった。
紫夜はふわりと花のように笑う子で、読書が好きだった。蓮を見かけるとパアッと明るい顔になって名前を呼んでくるような可愛らしい少年だった。
だがある日から彼は入院する事になり、河川敷で遊ぶ機会はなくなってしまった。紫夜は不治の病を抱えていて長くは生きられないだろうと医者から言われてたらしい。長く生きられて十二歳。それはあまりにも残酷な現実だった。
当時小学生だった蓮は、紫夜のお見舞いに何度か行った事があったが、痩せ細って元気がなくなっている彼を見て、幼いながらもその事情をうっすらと察して胸の奥が絞られるような気がした。
しかし、どういう訳か紫夜が十二歳になった時、病が急に回復したとの電話が蓮の家に入った。医者にも原因がわからないほどの、急激な回復だったという。あれだけ弱っていた彼の体は今ではすっかり元気になっていた。その奇跡としか言いようのない現象に、紫夜の家族は喜びのあまり泣いていた。蓮もその話を聞いて、また紫夜と一緒に河川敷で遊べると思うと自然と笑みがこぼれた。
その時は疑問よりも喜びの方が勝っていたので、何故不治の病が急に治ったのか、それは本当に奇跡だったのか、当時まだ小学生だった蓮は考えもしなかった。
そんな紫夜は奇跡的な回復を果たし、高校生になった今も、やや細身であるが健康に暮らしている。
蓮と紫夜は河川敷をゆっくりと歩く。小学生の頃と同じように。
蓮は心を落ち着かせるために深呼吸をした。これからする質問はそれだけ重要な事だった。
「琥珀の首飾り…あれは、永美さんからもらったものか?」
それを聞いた紫夜は静かに歩みを止めた。
「永美?誰だろう。知らないな」
「紫夜は小さい頃、不治の病にかかっていた。そんなお前が今は元気になって…嬉しいよ。でも、あの奇跡には何か裏があったんじゃないかなって今は思う」
「…蓮は何を言っているの」
紫夜は戸惑いながらも笑った。そんな彼とは対照的な、辛そうな顔で蓮は言った。
「紫夜。お前は、本当は…志尾の…記憶の欠片なんだろ?」
紫夜の顔から笑顔が消える。無表情というより、何かを悟ったかのような顔だった。自分の予想が当たってしまったのだと、蓮はその顔を見て理解した。




