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78話 決意(7)


 零が向かったのは木彫りの人形がある場所だった。


 彼は何か手で合図をすると、囲まれた木の間から一人の男が出てきた。男は虚ろな目をしている。前に捕まった時も似たような様子の男がいた。彼の魔法の能力は何なのだろうか。蓮は茂みに隠れながら、零の行動を観察する。


 零は男を呼び寄せると袖から刃物を取り出し、それを男の心臓に刺した。一瞬の出来事だった。前のめりになって倒れる男の体を避けながら、零は長く細い木の棒を取り出した。たった今、人を殺したというのに零は澄ました顔で、棒を持って地面をなぞる。


 何か文字を書いている。木彫りの人形が置かれた石の周りを囲むようにして、文字は書かれていく。それは見た事がない文字だったが、比較的覚えやすい、特徴的な形をしていたので、蓮はじっくりと観察して記憶に刻みこんだ。


 文字が一周したところで、零は棒を投げ捨てた。すると、地面に書かれた字は赤色の光を発し始め、光に包まれるようにして男の死体は消滅した。やがて光が消えると、文字も綺麗にさっぱりと消えていた。


「これで百二回目。まだ反応はなし…か。だが、もう少しだ。もう少しで完成する」


 零は期待を含んだ表情で楽しそうにそう呟いた。彼のその顔から、計り知れぬ狂気を感じた。呼吸をするのと同じ調子で人殺しをするような男だ。彼はおそらく想像もつかないほど恐ろしい事をしようとしている。


 零は帰ろうとしていた。蓮も一刻も早くこの場を去りたい気持ちに駆られたが、零が何をしようとしたのか、一度調べる必要がある。零が完全に姿を消したのを確認した後、蓮が木彫りの人形の近くへ寄ろうとした時、上に持ち上げられるようにして、体が宙に浮いた。


 何が起きたのかわからないが、両耳が何者かに掴まれている。零は確実にこの場を離れたはず。自分の耳を掴んでいる人物を確認しようと頭を斜めに向けると、虚ろな目をした男が蓮をじっと見ていた。今まで零が連れていた手下の特徴と一致している。


 恐る恐る前に向きなおすと、前には零が薄い笑みを浮かべて立っていた。片手には刃物が握られている。


「僕には見たいものがある。それはとっても楽しい事なんだ。その為なら僕は何でもする。そして君は今後邪魔になりそうだから殺さないとね」


 この深刻な状況にそぐわない軽快な口調。


 このままだとまずい。蓮は人間の姿に戻った。掴んでいたものの重さが急に変わった為、男は体勢を崩した。その隙に男の腹に肘打ちをすると、男は耳を掴んでいた指を話した。蓮はその場から逃げようと走り出す。


 慣れない小袖を着ていたのでいつものようにはいかなかったが、それでも距離はとれた。このまま逃げきればいけるかもしれない。そう思った時、後ろの方で空を切る音がした。それと同時に背中の辺りにわずかだが鋭い痛みが走る。

 後ろを向くと、零の手下の男が日本刀を手にしていた。相手は自分を殺すつもりだ。幸い傷は浅かったが、次はどうなるかわからない。今は丸腰なので、反撃も出来ない。


 零の手下の男は刀を振りかざした。刀の軌道を見極めて転がるようにして避けたが、それと同時に前方から何かが飛んできた。咄嗟に首を傾けると、右耳からヒュンと音がして地面に落ちた。それは木の矢だった。木に人の姿が隠れている事に気付く。弓を構えてこちらを見ている。おそらくあの人間も零の手下だ。気付けば大人数の人間に囲まれていた。一体零の手下は何人いるのだろうか。


 零の手下はいつも不気味な感じがする。虚ろな目と誰かに操られているような動き。彼らはどこか様子がおかしい。どうにかして逃げたいが、退路を塞ぐようにしてじりじりと彼らは迫ってくる。


 手下のうちの一人の男が蓮の前に立って刀を振り上げた時、男の体は急に蹴飛ばされるようにして横に吹っ飛んだ。かなり派手に飛んでいき、男は木にぶつかる。蓮を囲んでいた零の手下たちが次々と倒れていく。時折見える俊敏に動く人の姿。


 何が起きているのかわからないまま、いつの間にか自分を追い詰めていた男達は皆、地面に伏していた。


「蓮!大丈夫か!」


 そう言って駆け寄ってきたのは四岐だった。あの見えないほどの速さで動いていたのが彼だった気付き、蓮は納得した。


「俺は大丈夫だ。お前のおかげで助かった。ありがとう」

「朝起きたらいなくなってたから探しにきてみれば…一体何があったんだ?」

「えっと…」


 いつの間にか零の姿が見当たらない。四岐が来た時に逃げたのだろう。彼の逃げ足の速さはかなりのものらしい。

 四岐に事情を説明したら彼は信じてくれるだろうか。四岐からしてみれば、付き合いの長さは蓮より零の方が断然長い。たとえ本当の事を伝えても、むしろ蓮の方が疑われてしまうかもしれない。それに、本当の事を伝えたところでこの過去の世界の行く末が変わる事はない。


「兎の姿で森の中にいたからな。狩ろうとしたんじゃないか?」

「えー。そんな事ある?…って蓮!お前、背中斬られてるぞ!」


 斜めに破れてしまった小袖。四岐は蓮の背中に目を向けて心配する。


「あー。さっき斬られたけど浅いから、傷は問題ないよ。服は永美さんのだから悪い事しちゃったな」

「いや、傷を心配しろよ。コイツらが気絶しているうちに早く帰ろうな。手当するから」


 結局、適当に誤魔化して、四岐には本当の事を言わなかった。


 確実に零は何かを企んでいるはずなのに、自分の力では村に迫る危機は止められない。ただ見ているだけ。己の無力さが痛いほど身に染みる。四岐に肩を借りながら歩く中、悔しさのあまり歯をくいしばった。



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