77話 決意(6)
日が沈み始め、森がどんよりと暗くなり始めた頃、木彫りの人形の前に立ち、蓮は一人深く考え込んでいた。
この膨大な魔力を秘めた木彫りの人形がこの村に起きる惨劇と何か関係あるのは間違いない。だが、どう関係してくるのか、それがわからない。
今までの様子を見るに、村の人々に対して殺したいと思うほどの恨みが四岐にあるとは到底思えない。むしろ良好な関係を築いている。
では、何故村の人々を殺してしまったのか。彼は人を殺すような人間とは思えない。彼が村の人々を殺す事になった別の理由が必ずあるはず。そしてそれは、彼が望む状況ではなかったはずだ。そんな状況がどうやって作り出されるのかは想像もつかないが、過去の世界に来る前に見た四岐の悲しそうな顔を思い出すと、そんな気がした。
もし、その状況を作り出した原因がこの木彫りの人形にあるとしたら――。
「そこで何しているのかな?」
考え込んでいたところに急に声を掛けられ、蓮の体は少しだけ跳ねた。後ろを振り向くと、はっと息を呑んだ。
声をかけてきた人物は綺麗な顔立ちをしていて、くすんだ灰色の長髪を後ろで一つに纏めている。一瞬女性と見間違えるような中性的な容姿をした小袖姿の男に、蓮は見覚えがあった。
「零…?」
零。奈月と一緒にいた時に自分を捕まえにきた影。何故彼がここにいるのだろうか。あまりにも突然の出来事に蓮は思わず彼の名前を呼んでしまった。不審に思った零は小さく微笑んだまま、眉がぴくりと動く。
「おや、何故君は僕の名前を知っているのかな」
「あ、えっと…」
「その頭についている兎の耳…もしかして最近、四岐達の家に世話になっている子?」
「あ、はい。そうです」
「化け兎なんだって?珍しいね」
零が思ったより友好的に接してきたので、蓮はひとまず安堵のため息をついた。
「あの、零…さんはあの村に住んでいるのですか?」
「そうだよ。木彫りの人形の様子が気になってね。この村の大切な守り神だから」
影が人に紛れて村に住んでいる。周りの人間は気付かないのだろうか。そもそもこの時代に魔法使いの存在はあったのだろうか。渦巻く疑問を頭に抱えたまま何も言わず黙っていた蓮がふと零の方に視線を向けると―――彼は冷酷な表情を浮かべていた。
「で、何で君は僕の名前を知っているのかな」
さっきと同じ質問。凍てつくような視線。先ほどよりも圧がある。蓮は顔をこわばらせながら答える。
「村の人たちから聞いたんだ」
言い訳として筋は通っていると思ったが、零は鼻で笑った。
「僕は嘘を見分けるのが得意なんだ。君は何者だ?」
「俺は…ただの兎だ」
二人の間に沈黙が流れる。しばらくの間、お互い目を見て腹の探り合いをしていたが、先に沈黙を破ったのは零だった。
「…まあいいだろう。言っておくけど、僕は善良な村人だからね」
零は善良の部分を強調して言った。貼り付けたような笑み。それが偽りだと物語っている。
―――嘘つけ。
去っていく零の後ろ姿を見送りながら、蓮は心の中でそう呟いた。
☆
零はこの村で何かをしようとしている。おそらく、彼が惨劇の黒幕なのではないか―――そう蓮は予想していた。
彼の情報を集める為、家に帰った蓮は永美に詳しい話を聞く事にした。
「零?知ってるわ、もちろん。幼馴染だもの」
「幼馴染?という事は、彼は子供の頃からこの村に?」
「ええ、そうよ。彼のご両親は亡くなって、今は一人で生活しているけど。どうして?」
「いえ、ちょっと気になっただけです」
蓮は動揺を隠しながら誤魔化すように笑ったが、内心混乱していた。
零は子供の頃から村にいて、両親もいたと永美は言った。幼馴染とも。それは零が嘘をついたわけではなく、実際にそうだったという事になる。影である零に両親がいるはずがない。ましてや、子供の頃から村にいたというのはおかしい。人間と同じ暮らしをしていた事になる。
零は、一体何者なのか。この村で何をしようとしているのか。それを調べる必要がある。蓮は夜、天井を見て思考を整理した後、眠りについた。
零の動向を調べる為に、蓮は早起きをして永美から教えてもらった零の家へ向かう事にした。
人の姿だと目立つが、兎の姿になれば小さな体なので見つかりにくいはずだ。そう思った蓮が兎の姿になろうとした時、小雪が姿を現して忠告した。
「言っておくけど、ここでは塊は呼べないからね。見つかったら逃げるしかないよ。大丈夫?」
「大丈夫だと思う。見つからないようにするから」
「蓮の大丈夫は大丈夫じゃないんだよね」
「なんだそれ」
小雪は少し呆れた顔をして、やれやれといった仕草をして姿を消した。蓮は不思議に思いながらも、兎の姿になって零の家がある場所へ向かった。
零の家は、四岐の家と同じくらいの大きさだった。まだほんのりと薄暗い夜明けの空の下、零は家から足音一つ立てずに出てきた。こちらには気付いてない様子。零はふらりとどこかへ出かけていく様子で、兎になった蓮はぴょんぴょん跳ねながら後をつけていく事にした。




