74話 決意(3)
扉の前には二人の人の姿が見えた。一人は四岐と同じくらいの年齢と思われる、見た目二十代くらいの女性で、もう一人は少年だった。女性は驚いた顔で布に包まった蓮を見ていた。
「四岐ちゃん。その女の子は…?」
「こ、これはだな…」
四岐が説明に困っていると、女性の隣にいた少年がきつく睨みつけるような目つきで声を荒げるように言った。
「四岐てめえ!姉さんというものがありながら!この裏切り者!」
少年の隣にいた女性は、志尾の怒りを鎮めるように彼の肩にそっと手を置いた。
「落ち着いて志尾。きっと何か事情があるのよ」
「でも姉さん!あの女の子見てよ!姉さんにそっくりだよ!」
志尾と呼ばれたその少年の言う通り、確かに女性と自分の容姿は似ていた。灰茶色の髪に赤い眼。顔の造形もそっくりだ。違うところは、女性の方が少し大人びていて落ち着いた印象があり、髪をゆるく一つに纏めているくらいか。志尾が姉さんと言っているので、女性はおそらく志尾の姉なのだろう。
「確かに似てるけど…だからって、四岐はそんな事しないわよ」
「でも女の子は服着てないよ!」
服を着ていない事を少年から指摘されてさらに恥ずかしくなった蓮は顔を布に埋めた。
「やめなさい志尾!そんな事言ったら女の子が可哀想でしょ!とりあえず服を着させましょう。私のでいいかしら」
女性は急いで服を探し、綺麗に畳まれた素朴な柄の小袖を持ってきてそれを蓮に着させた。
「大きさは丁度よさそうね」
「あ、ありがとうございます…」
「これくらいいいわよ。それより、貴方はどこから来たの?」
「それは…その…」
蓮はどう答えればいいのかわからなかった。本当の事を説明して信じてもらえるはずがないし、嘘をつくのもどうも気が引ける。黙りこくってしまった蓮にしびれを切らしたのか、志尾は苛立った口調で言った。
「やっぱりお前、四岐の女なんだろ!」
「ち、違うって!俺はただコイツにこの家に連れてこられただけで…」
「連れてこられただと!おい四岐!」
志尾の怒りの矛先が向かい、四岐は焦った表情で必死に弁明している。今の言い方はまずかったなと蓮は口に出した後に反省した。これでは四岐が少女を家に連れ込んだ悪人として勘違いされ、事態が悪化しかねない。誤解を解く方法はないか…蓮は考えた後、志尾にむかって叫んだ。
「違う!お、俺は兎なんだ!兎!四岐は怪我を手当してくれたんだ!」
「は?兎…?」
志尾は怪訝な顔つきで蓮の体を凝視した。そして、頭の方に目を向けながら顔を近づけてきた。
「確かに頭に変なのが付いているとは思っていたが…これが兎の耳か?飾りだろどうせ」
「いっ、痛い痛い!」
志尾は蓮の頭に付いた兎の耳をぐいぐいと引っ張った。蓮の頭部に鈍い痛みが走る。痛がる蓮を見て、志尾は驚いた様子で兎の耳を観察する。
「えっ、これ本当に飾りじゃないのか…?取れないぞ。お前、本当に兎なのか…?」
「そうだよ!四岐は悪くないから!だから耳を引っ張るのやめてくれ!」
本当は人間なのだが、この世界に来た時の最初の姿は兎だったのでそういう設定にする事にした蓮は咄嗟にそう答えた。結局嘘をつく事になってしまい、後ろめたい気持ちになったが、今はこの事態を丸く収める事が最優先であった。
☆
事の経緯を説明し終えると、志尾は深くため息をついた。
「はあ。とりあえずわかったけど…化け兎なんて珍しいね」
蓮と四岐の説明を聞いて納得したのか、志尾の怒りは収まり落ち着いた様子でそう言った。
「だから言ったでしょ志尾。四岐と兎さんに謝りなさい。」
「えー。だって普通に勘違いするでしょ。あんなの」
志尾は不服そうに口を尖らせた。志尾と一緒にいた女性は永美という名前で、志尾の姉であり、四岐と恋人の関係にあった。この家で四岐はこの姉弟と一緒に暮らしていて、そこに蓮が来たという構図だ。危うく自分のせいで人間関係に亀裂を入れる事だったと知り、蓮は気まずそうに頭を下げた。
「すみません、俺が悪いんです。四岐は坂から落ちて怪我をした俺を助けてくれただけなので…もう行きます。お邪魔しました。服は後で返します」
これ以上この家にいるのは申し訳ない。蓮はお辞儀して立とうとした時、右足がずきりと痛んだ。四岐は家を出ようとした蓮の腕を慌てて掴んだ。
「おいおい、まだ怪我は治ってないだろう。しばらく俺達の家で安静にしてろって。化け兎かなんだか知らないけどよ。その状態で森に返すのは後味が悪いんだわ」
「で、でも…」
「いいから早く座れよ。痛むだろ、足」
蓮は半ば強制的に座らせられた。その後も色々と話したが、結局四岐達に言いくるめられ、この家でしばらくの間お世話になる事になった。
☆
「はあ…」
蓮がこの過去の世界に来て一日目の夜。現代とは違って灯りが少ないからか、外は真っ暗だった。既に四岐達は眠りにつき、蓮だけが目が覚めた状態だった。寝ようとしたが、頭の中でぐるぐると考え事をしてしまって中々寝付けない。すると、仰向けになって寝ている蓮の顔を白髪の少女―――小雪が覗いた。彼女は相変わらずの無表情で、蓮をじっと見つめている。
「…出てくるのが遅い」
蓮は小さくため息をついて、他の三人に聞こえないくらいの小さい声で言った。




