6話 3年後の未来
錐野が扉を開けると、そこは広い空間だった。壁も床も一面白。どこか現実離れした不思議な雰囲気が漂う場で、蓮の視界にまず入ったのは、広い空間の真ん中に浮いている球体だった。その球体は、透き通った薄水色をしていて、全貌を見るのに首を上に向ける必要があるほど、巨大だった。
異様な存在感を放つその球体を見ていると、何故か自分達が見られているような奇妙な感覚になり、蓮は不安になる。
「錐野、あの球体は何だ?」
「あの球体が加藍様だ」
「え、あのでかい球体が?加藍様って人じゃないのか?」
魔光会の会長、というからには当然人間なのだろうと想像していた蓮は、その人間離れした正体に唖然とした。
『久しぶりですね、赤崎錐野さん。隣の方は…はじめましてかしら』
突然女性の声がしたので、蓮は一瞬慌て驚いたが、巨大な球体から発せられたとは思えないくらい、落ち着いた優しい声だったので、内心ホッとした。
錐野は、蓮が女になった事、その後起きた事の詳細を全て加藍に説明した。加藍は錐野の話を黙って聞いていた。錐野が話し終えると、加藍は言った。
『…事情はわかりました。来条さん、これから貴方の未来を視たいのですが、よろしいでしょうか?』
「未来を視る…ですか?」
あまりにも想定外の話だってので、蓮は首を傾げて聞き返した。
『私は、魔法で3年後先の未来まで視る事が出来ます。来条さんは影に命を狙われました。今後、同じような事が起きるかもしれません。ですから、貴方の未来を調べさせていただきたいのです』
「な、なるほど……わかりました。お願いします」
蓮がそう言うと、加藍は球体から分裂するかのように、手のひらの大きさくらいの小さな球体を出し、それはふわふわとゆっくり浮きながら蓮の目の前までやってきた。蓮は小さな球体を不思議そうに観察していると、透き通った球体の中に誰かの目が映っている事に気付いた。
球体の向こうから誰かが蓮を見つめているようで、その目は水晶のように透明感のある、綺麗な空色の瞳だった。この瞳の持ち主が、加藍の本体なのかもしれない。
『来条さん、今、貴方から私の目が見えていますか?』
「は、はい」
『相手の目を見ないと私の魔法は使えないので、ちょっとこの状態が続きます。今から、貴方の未来を視ます』
球体の向こうの目は、蓮の目をじっと見る。何もかも見透かされているような、不思議な感覚。少し間を置いて加藍は答えた。
『…終わりました。来条さん、落ち着いて聞いてください』
加藍の声が、先ほどよりも張り詰めた声になり、蓮は息を呑む。
『貴方は3年後、何者かによって殺されます』
「え、殺されるって…俺が?」
声が震え、怯えた表情の蓮を見て、錐野は蓮の肩にそっと手を置き、安心させるように言った。
「安心しろ、蓮。必ずお前が助かる方法はある。そうですよね?加藍様」
『はい。そのために私の未来視の魔法があるのですから』
加藍はそう言うと、また巨大な球体から小さな球体を出した。それは、先ほどよりも大きな球体で、中に何かが入っているようだった。近づいてきた球体の中身を蓮が覗くと、中には綺麗に折り畳まれた服と、無色透明な石が入っていた。
『来条蓮さん、それを受け取ってください』
「これは何ですか?」
『それは、魔法使いになる人全員にお配りしているものです』
「え、魔法使いになるって…それを、俺に?え?」
魔法使いになる人間、というのが自分の事を指しているのだろうか?まさか、そんなはずは…戸惑う蓮に、加藍が最後の一言を加える。
『来条蓮さん、貴方には今日から魔法使いになってもらいます』