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57話 地下牢(2)


 牢屋に閉じ込められて二日目の朝。寝ていた蓮が目を開けると、牢屋の外に、檻に寄りかかって床に座っている夜島の姿があった。寝る前までは別の影が見張っていたが、また彼に当番がまわってきたのだろうか。夜島は蓮が起きたことに気付いたのか「おはよう」と言ってニヤリと笑った。蓮は挨拶を返さずに目を逸らすと、夜島は蓮の態度に気にも留めず、口笛を吹き始めた。


 蓮は憂鬱だった。どうやったらこの忌々しい牢屋から脱出できるのだろうか。牢屋の外には常に見張りがいる。戦うしても蓮は手足が自由に動かせる状態ではないので圧倒的に影が有利な状況だ。魔法も使えない。考えれば考えるほど、絶望的な状況だと思い知らされる。

 蓮が頭を悩ませていると、突然腹が鳴った。そういえば牢屋に入ってから何も口にしていない。そう思った瞬間、ますますお腹が空いた。


 蓮が腹を空かせている様子に気付いた夜島は、黒コートからリンゴを取り出して牢屋の扉を少し開けてから蓮に向かって投げて渡してきた。蓮は慌ててリンゴをキャッチして、きょとんとした顔で夜島の方を見た。てっきり、空腹な自分を見て笑うのだろうと予想していたので、まさかリンゴをくれるとは思わなかった。もしや何かの罠だろうか。蓮は疑い深くリンゴを観察している。夜島は苦笑した。


「おいおい、疑いすぎだろ。知ってるか?鏡界にも農園があるんだ。青色の影が管理していてな、そこでもらったリンゴだよ。毒とかはないから安心しろ」


 恐る恐るリンゴをかじってみると、甘酸っぱい味が口の中に広がる。空腹だった事もあり、今まで食べたリンゴの中で一番美味しいとさえ感じた。蓮は無我夢中になって一個のリンゴを食べきった。


「美味しかった…ありがとう。でも何で急に」

「腹空かせてる奴を見るの、あまり好きじゃねえから」

「…それってお前が持ってる記憶の欠片と関係してたりするの」

「へえ、そういうところは鋭いんだな。馬鹿そうなのに」


 馬鹿そうと言われて蓮はムッとしたが、夜島は「怒るなよ」と冗談まじりに言った。


「その…お前の記憶の欠片ってどんな感じ?」

「気になる?暇つぶしに教えてやろうか」


 蓮は無言で頷いた。情報は沢山あった方がいい。この男の記憶の欠片も、もしかしたら何か脱出のヒントになるかもしれない。夜島はそんな蓮の思惑に気付いているのか、見透かしたような目で蓮を見て、そして穏やかな口調で語り始めた。


「俺の記憶の欠片は、この地下牢みたいなところから始まるんだ。俺の記憶の主は子供の頃からずっと地下牢に幽閉されていたみたいでな…牢屋が家みたいなもんだった。毎日誰かが飯を運んでくるんだが、それが腹の足しにならないような量でな。毎日腹空かせてた。時々、ガタイの良いおっさんとかが来てさ、憂さ晴らしに殴ったり蹴ったりしてくる。刃物で刺された事もあった。楽しい事なんて何一つなかった。何で牢屋の中で過ごしているのか、何か悪い事でもしたのか―――記憶と言っても欠片だからな、幽閉された経緯はわからない。だけどな、これだけは確かだ。記憶の主は人間を憎んでいた。檻の外から蔑むような目で自分を見る連中を、殺してやりたいと願うようになった…っておい、お前何で泣いてんの」


 夜島に言われるまでわからなかったが、目頭がじんわりと熱くなっていた。その話にはあまりにも救いがない。記憶の主の周りには味方がいなかったのだろうか。孤独と痛みに耐える人生はどれほど辛いものか、想像するだけでも心臓が苦しくなった。そしてそれが現実にあった話だと考えると尚更悲しくなり、気付いたら涙が出ていた。


「だって…お前の記憶の主が可哀想だ…いつの話だよそれ。助けられないの?」

「さあ、随分昔の話じゃねえの?少なくとも記憶の主は既に死んでいるだろうな。さぞ無念だったことだろう…まだ泣いてんのかお前」


 夜島は扉を開けて牢屋の中に入ってきて蓮の目の前まで来てしゃがんだ。涙で目が潤んでいる蓮と視線を合わせて夜島は静かに笑った。


「うるさいガキだと思っていたが…泣いてる時の顔は結構いいかもな」


 そう言って夜島は蓮の目に溜まった涙を親指で拭う。ぽかんとした表情の蓮を横目で見ながら夜島は立ち上がって再び檻の外へ出た。


「俺は人間を殺さないといけない。記憶の主の為に沢山殺すんだ。それが俺の影としての使命だ」

「お前、人を殺しているのか」


 蓮の声は怒りを抑えているからか、低い声になった。


「当たり前だろ。赤色の影だからな」


 夜島は軽々しく、そしてどこか自嘲気味にそう答えた。


 夜島の黒コートの裏に並べられた血の入った管を目にしていた時から、彼が人殺しの影である事は薄々気付いていた。だが実際に本人の口から、自分が人殺しであると全く悪びれる様子もなくただ淡々と言ったのを見て、蓮は彼の残酷さに怒りを覚え、険しい表情で、非難を帯びた目で夜島を見た。


「無関係の人達を殺したって記憶の主は喜ばない。願いはもっと別にあったはずだ」

「……お前に何がわかるんだよ」

「無関係の人間を傷つけたって救いは得られない。なあ、お前もっと考えろよ。記憶の主の気持ちを」


 夜島は黙ったまま、檻に寄りかかって何もない灰色の天井を仰ぎ見る。何か考え事をしているようだった。


「救いねえ…じゃあ、誰かが俺を救ってくれるのか?」


 蓮は何も答えなかった。答えられなかったという方が正しい。はたして、この悲しく残酷な記憶の欠片を救ってくれる人間がこの世に存在するのだろうか。夜島の返事に、簡単に頷いてはいけない気がした。


 その後、夜島と蓮は会話する事はなかった。


 その後何時間かが経過すると瞼が重くなってきた。牢屋の中にいるので時間感覚が曖昧になりつつあったが、眠くなってきたという事はおそらく今は夜だ。蓮は檻を背に向けながら横になり、目を閉じた。

 しばらくすると、檻の方からガチャンと音がした。さっき牢屋に入ってきた時に鍵を閉め忘れたのだろうか。案外抜けたところもあるんだな…そう思いながら蓮はそのまま眠りについた。





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