46話 命懸けのゲーム(2)
扉の中は闇に包まれていたはずだが、いざ入ってみると1つの部屋に繋がっていた。四方が壁に囲まれていて窓もなく、白いタイルが敷き詰められた床の上には家具等の物が一切置かれていない。
影の男は部屋の真ん中に立ち、蓮達を見て口元を歪めて笑った。
「僕の名前は遊。これから君たちにはゲームをしてもらう」
「ゲーム?」
瑠依は訝しげに遊を睨んだ。この影は行方不明になった魔法使いと同じように自分達も捕らえるつもりなのだ。いつ何を仕掛けてくるかわからない。
「僕とゲームをして、君達が勝ったら僕は君達の言う事を聞く」
「…負けたら?」
「行方不明になっている魔法使いと同じ道を辿る事になるね」
「彼らは生きているの?」
「勿論。嘘はつかないよ」
遊はにやりと笑う。嘘はついていないとしても、何か裏がありそうな話だと瑠依は思った。改めて部屋を見渡すが、部屋自体には何も罠はないように見える。
今までの彼の言動からして、この不可思議な空間が遊の魔法の能力に関係するものである事は明白であった。この手の魔法は空間を作った側が有利な状況となる。実際、瑠依達は扉をくぐってから魔法が使えず、塊も出せなくなってしまった。遊が作った空間にいる以上、相手に逆らうような事はするべきではないだろう。
「…わかった。そのゲームをやればいいのね」
「乗り気になってくれて助かるよ。じゃあ、まずはルール説明からしようか。これから僕が用意した三つのゲームを君達にやってもらう。ゲームにはそれぞれ勝利条件が設けられている。僕か君達のどちらかが二勝した時点でゲームは終了。一つのゲームにつき、参加出来るのは二人。誰がやるかはそちらで決めてもらって構わない」
「わかった。で、最初にやるゲームの内容は?」
「それは始まってから教える」
ゲームの内容がわからないのでは作戦が立てられない。瑠依は舌打ちすると、蓮が瑠依の肩を軽く叩いて言った。
「瑠依、最初のゲームは俺が行こうか?何があるかわからないし」
「…そうね。私と蓮でいこうか」
遊は薄笑いを浮かべながら「決まったようだね」と言うと、指を鳴らした。すると、何もなかった白い壁から、二つの扉が静かに現れた。
「ゲームは二人とも別々の部屋で行う。扉を開けたらゲームスタートだ」
「二人でやるんじゃないの?」
「最初のゲームだけ個人戦。まあ、入りなよ」
別々の部屋でやるのは不安があったが、抗議したところでこの影がルールの変更をしてくれるとは思えない。瑠依と蓮は大人しくそれぞれ扉の前に立ち、中へと入っていった。
★
蓮が扉を開けて中に入ると、そこは大きく開けた部屋だった。床一面には、すごろくのマスのようなものが描かれている。正面にある壁にはタイマーが埋め込まれ、その上にはスピーカーが設置されていた。そのスピーカーから遊の楽しそうな声が流れ始めた。
「これからルールを説明します。簡単に説明すると、一つ目のゲームは簡単に言うとすごろくです。このすごろくは普通のすごろくと違って、ゴールに辿りつくまでの時間を計ります。床にマスが描かれているだろう?駒は君自身だ。十五分以内にクリアできたら君達の勝ち。タイムオーバーしたら僕の勝ち。簡単でしょう?」
蓮は改めてマスが描かれた床を見る。ざっと見てマスの数は五十くらい。何も書かれていない白いマスの中にいくつか絵が描かれたマスが混ざっている。
「絵の描かれたマスに止まると、ちょっとしたイベントが発生します。そのイベントをクリアするまでサイコロは振れません。イベントは止まったマスごとに違いますので、ドキドキですね!」
遊は愉快げな声で説明をする。蓮は「何がドキドキだ。ふざけやがって」と、相手に聞こえない程度の小さな声で呟いた。相手は遊びのつもりだろうが、こっちは人命がかかっているのだ。とても楽しい気分にはなれなかった。
「はい、それでは…よーいスタート!」
遊の軽快な声と共にゲームは開始された。壁に埋め込まれたタイマーがカウントダウンを始める。蓮は急いでスタート地点に立つと、何もなかったはずの空間から、バラエティ番組で使いそうな大きなサイコロが蓮の足元に現れた。サイコロを両手で持って転がすと、一の目が出た。転がったサイコロは透明になって消えた。
「チッ。しょっぱなから一の目か…」
一マス進むと、またサイコロが蓮の足元に現れた。どうやら、サイコロは振る時だけ姿を現す仕組みになっているらしい。再び蓮がサイコロを振ると次は三の目が出た。三マス進むと、そこは絵付きのマスで、クワガタが描かれていた。遊の声がスピーカー越しに聞こえてきた。
「イベント発生!虫型の影を倒せ!倒すまでサイコロは振れません!一時的に魔法と武器の使用を許可するから頑張ってね!」
「は、はあ?!」
ガタン、と後ろから大きな音がしたので振り返ると、そこには通常のクワガタよりも遥かに大きい、巨大クワガタの影がいた。あの強靭な大顎に挟まれたらひとたまりもないだろう。
遊の言う通り一時的に魔法と武器が使えるようになっていた。蓮はチョコと同化し、武器を構える。虫型の影なら何度も相手にしてきたが今は時間制限付きのゲームの最中だ。いち早くこの影を倒さないといけない。
あの大顎を正面から受けるのは危険だと判断した蓮は、後ろに回り込もうとするが、すぐに振り向かれてしまい中々背後を取れない。天井が高ければ兎型の強みである優れた跳躍力を使って上から攻められるのだが、それが出来るほどの高さはこの部屋にはないので出来ない。
影は暫く様子見をしていたが、ついに攻撃の姿勢を見せ、大顎で蓮の持っている大鎌を挟み込んだ。挟まれた大鎌を引き抜こうとして力ずくで引っ張るが、びくともしない。やがて大鎌は完全に影の持つ大顎に取られてしまい、武器をなくした蓮は丸腰の状態になってしまった。蓮は焦る気持ちを抑え、必死に思考を巡らした。そして、一つの考えが浮かんだ。
「チョコ、一度武器をしまってくれ!」
武器はいつもチョコが出し入れをしている。そしてチョコが武器を出す時は、決まって蓮の手元に現れる。あの武器の召喚はチョコが行っているのだ。ならば、一度武器をしまってから、また召喚し直せばいい。そうすれば、また手元に大鎌が戻ってくる。
影の大顎に挟まれていた大鎌がスッと姿を消した。そして、その次の瞬間にはもう蓮の手元に戻ってきていた。何が起きたのかわからない影。その隙を蓮は見逃さなかった。駆け寄って距離を詰め、影に向かって弧を描くように大鎌を振り下ろすと、影は真っ二つになって黒い塵になった。




