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39話 空白


 奈月はアパート暮らしで、父親と二人で住んでいる。だが、奈月の父親が帰ってくるのは月に1回あればいいくらいで、ほとんど一人で住んでいるようなものだった。


―――あの男に会うまでは。


 家の扉を開けた瞬間、仄かな鉄の匂いが鼻につく。電気をつけると玄関前の床には黒コートが投げ捨てられている。奈月はコートを拾い上げため息をついた。


「これ、大事なコートなんでしょ?床に放り投げてあったんだけど」


 ダイニングテーブルにうつ伏せで寝ている黒髪の青年は、奈月の声を聞いて顔をゆっくりと上げるが、目がまだ半分だけ開いた状態である。


「奈月、帰ってたのか」

「うん。コート、クローゼットに掛けておくね。聞いてる?夜島」

「あー、どうも」


 以前蓮達の前に現れた影、夜島は、時々奈月の家に訪れてはまるで自分の家のようにくつろぐのが常であった。この男は影だからか、人間の常識が通用しない。人様の家であるのにも関わらず、自分の着ていた服や持ち帰ってきたゴミを平気で床に放り投げるのは日常茶飯事であった。


 だがそれは、ただ図々しいというだけなのでまだいいと奈月は思っていた。一番の問題は、夜島が”人殺しの影”であるという事だ。まだ犯人が捕まっていない数々の殺人事件は、この男が引き起こした事である。肌についた返り血は拭いてあるが、彼からは血の匂いがする。今日も誰かを殺してきたのだろう。

 奈月は、このどうしようもなく最低な影を好きになってしまった。こんな危険な影を庇っている事が魔光会に知られればただでは済まないだろう。駄目な事だとわかっていても、彼と一緒にいると何故か心が落ち着く。


「奈月、今日の晩御飯は何だ?」


 夜島は薄笑いを浮かべて少し楽しげな口調で奈月に聞く。影の栄養は魔力なので、人間がするような食事はとらなくてもいいのだが、夜島は時々奈月の作った料理を食べたがった。このやりとりをするのが、奈月は好きだった。


「ハンバーグにするつもりだけど」

「ハンバーグ…あれか!肉みたいなやつ!俺、あれ好きだわ」


 肉みたいなやつではなく肉なのだが、そんな細かい事を気にしていたらこの男とは付き合っていられない。エプロンを取りにいこうとした奈月に、夜島は今までより少し低いトーンの声で言った。


「……来条蓮の件なんだけど、順調に進んでるか?」

「うん。多分ね。でもまだ私に警戒しているみたいだから。もうちょっと待ってくれない?」 


 奈月は嘘をついた。蓮は奈月に対して警戒心など抱いていないし、むしろ恩人だと思っている。嘘に気付いたのか、夜島は疑うような目つきで彼女を見る。


「あまり時間はないんだけどな。お前の特殊魔法で何とかできないの?相手の心が読めるんだろ?」

「心が読めても、人の心をそう簡単に動かす事はできないよ」

「ふーん…まあ、いいけど」


 お互い腹の内を探るような会話。偽りを見透かすかのような深い赤色の眼を向けられたが、奈月は動じず微かに笑みを浮かべたまま、エプロンを着て台所へ向かった。


 夜島は他の赤色の影と徒党を組んでいる。集まって何をしているかまでは奈月もわからないが、どうやら影達にとって、蓮は邪魔な存在らしい。夜島達の目的は来条蓮を捕らえる事。その駒として奈月を利用するつもりだ。

 奈月本人もそれは十分わかっているが、夜島は駒であるはずの自分に妙に関わろうとするところがある。距離を縮めて騙そうとしているのか、それとも単に暇つぶしなのか。正直、奈月にとっては、どちらでもよかった。ただ一緒にいてくれるだけでいい。


 たとえいつかこの男に殺される未来が待っていたとしても。




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