21話 少年の影(2)
蓮を助けた影の少年の名はハルといった。彼は大男に捕まったが、いつでも逃げる事は出来た。しかし、なんとなく面倒だからという理由で、何も出来ないふりをしていたところ、大男が魔法使いを1人連れてきたので、上手くタイミングを見て助けようと思ったのだと、ハルは言う。
「ハル君、助けてくれてありがとう。おかげで死なずに済んだよ」
「もっと早く助ければよかったね。怪我は大丈夫?」
「うん。不思議なくらいもう痛くないんだ」
蓮とハルは鏡界内にある小さな公園に来て、2人はブランコに乗っていた。
「俺、初めて人型の影に会ったよ」
「だろうね。兄ちゃんはまだ駆け出しって感じがする」
「あはは、そ、そうか…」
魔法使いとして自らが未熟な存在である事はわかっているが、実際に言われるとちょっと悲しい。蓮は複雑な心境を笑ってごまかす。
「ところで、何で俺と友達になろうと思ったの?」
ハルは揺らしていたブランコを、一旦足で止める。ずっと鳴っていたブランコの軋む音も同時に鳴りやんだ。
「お兄ちゃん、影ってどうやって生まれるか知ってる?」
「そういや知らないな」
「じゃあ教えてあげるね」
★
現界とは違って、鏡界の空気には魔力が多く含まれている。影は、鏡界に漂う魔力が集まる事で生まれる、魔力で構成された生命体である。
鏡界に漂う魔力が生命体として形を成すのには理由がある。
現界に住む人間達の記憶の欠片…辛い過去の記憶や楽しい記憶等、様々な記憶が、それぞれ魔力を集める源となって鏡界に現れ、鏡界の魔力が引きつけられて影が生まれる。
影の魔力の強さは、記憶の主にとってどれだけその記憶が大事なものかどうかが影響する。大事な記憶であればあるほど多くの魔力が集まり、強い影となる。
影にとって魔力は食糧であり、それがないと生命を維持できない。現界に影が中々侵入できないのはそのためである。生きる分には鏡界で得られる魔力だけで十分だが、先ほどの大男の影がハルを捕まえたように、力を求める影は他の影を食って自らの魔力を高めようとする。
「…という事なんだけど、わかった?」
「大体わかったけど…じゃあ、ハル君にもあるの?記憶の欠片が」
「あるよ。僕の記憶は…朝起きると、白い天井が目に入る。いつも白いベッドの上で寝ていて、外には出られないの」
蓮は真っ先に病院の風景を思い浮かべた。ハルの記憶の主は、おそらく何らかの病気にかかっていて、入院しているのだろう。ハルの容姿を見るに、もしかしたら記憶の主は子供なのかもしれない。
「でもね、お母さんが毎日会いに来てくれるの。だから、不幸ってわけじゃなかったんだと思う。でもね、窓の外を見る時にふと、寂しい気持ちになるの」
おそらく記憶の主は外で遊びたかったのだろう。年の近い子供と一緒に、公園でおにごっこをしたり、皆で集まってゲームをしたり…そういった事が、出来なかった。窓の隙間から入る風がカーテンを揺らす様子を眺めながら、そんな日常に思いをはせていた。それが、ハルが持つ記憶の欠片だった。
「影はね、記憶の欠片に基づいて行動するんだ。だから僕は…誰かと一緒に遊びたかったんだと思う」
「今から沢山遊ぼう、ハル君!」
いてもたってもいられなくなった蓮は、ブランコから立ち上がり、ハルの手を両手で握る。
「何して遊ぶ?おにごっこ?かくれんぼとか、何でもいいぞ!」
蓮が少々押し気味にそう言ってきたので、ハルは目を瞬かせてきょとんとした顔をして答える。
「じゃあ…おにごっこ?」
「よし!じゃあおにごっこだな!」
蓮とハルは、日が暮れるまで公園でおにごっこをした。
☆
「寝ちゃったのか…」
おにごっこをした後、2人は木の近くにあったベンチで休憩する事になったが、遊び疲れたハルは、蓮の膝を枕にして寝てしまった。その子供らしい寝顔を見て、蓮は微笑ましく思う。
ハルといる間は気付かなかったが、公園の真ん中にある時計台の針は、既に夕方の6時を指している。日衣菜達とはぐれたのは2時頃の事。今頃皆が心配して探しているだろう…色々な事がありすぎて、蓮はすっかりその事を忘れていた。
とはいえ、子供を1人にするわけにもいかない。それに、ここがどこかもわからない。どうしたものか…蓮が思考を巡らせていると、目の前に1人の女性が現れ、蓮に話しかけてきた。
「その子、私の子供なんです」
花柄のロングワンピースを着たその女性は、ハルと雰囲気が似ていた。
「えっと…お母さんですか?」
「ええ。そうなの。その子、すぐどっか行っちゃって…この子と遊んでくれたの?ありがとう。その子を私に渡してくれる?」
「……はい」
蓮は違和感があった。頭の中に残る靄のようなもの。その正体を探る。
その過程で、夢乃から魔視石を借りていた事を思い出す。蓮はポケットから影視石を取り出し、女性に向かってかざすと、透明だった石は、血のような赤色に変化した。それは、目の前にいる女性が人間の敵である事を示していた。
「……失礼ですが、この子の名前、貴方言えます?」
沈黙が走る。女性は黙ったまま答えない。その間に蓮はハルをベンチにそっと寝かせて、立ち上がった。
「お前、赤色の影だな」
「…ひっかかると思ったんだけどね。その影は貴重な食糧なの」
「ハル君は渡さないぞ!」
蓮はチョコを呼び出して大鎌を構える。ぴょこんと生えたウサ耳を見て、女性は指さして笑う。化けの皮がはがれた彼女にはもう、先ほどまでの穏やかな雰囲気は欠片もなくなっていた。
「アハハ!兎型使ってる魔法使いとかいたんだ!」
「う、うるせえ!」
蓮は風を切るように走り、女性の前で大鎌を横に振ったが、女性は余裕の笑みを浮かべながら後ろに下がってそれを避けた。初心者でもわかる。この女性はさっきの大男よりも強い。どんな攻撃も涼しい顔でかわされてしまいそうだ。人型と戦う事自体がそもそも初めてだというのに―――自分の運の悪さを蓮は呪った。
「結構いい線いってるよ、アンタ。まあ、私の魔法の前では役に立たないけど」
女性の姿が消える。女性の姿を見失った蓮が周囲を見渡していると、背筋に悪寒が走る。本能的に危機を察知した蓮は、咄嗟に後ろを振り返り大鎌で防御の体勢に入ると、女性が蓮に向かって突き刺そうとしたナイフが偶然大鎌に当たり、鈍い音がした。
「勘がいいね」
女性は一歩下がり、再び姿を消す。それは相手の視覚を惑わせる幻術、彼女の持つ魔法だった。相手が見えなければ反撃が出来ない。一度は攻撃が防げたが、それもいつまで続くかわからない。蓮は五感を研ぎ澄ませ、大鎌を再び構えた瞬間、首筋に冷たいものが当たる。
それは、女性のナイフが首にあたった感触だった。反射的に後ろに下がったが、見えない敵の攻撃を避けるのは難しい。今度こそ殺される―――。
「……?」
思わず目を瞑った蓮だったが、何も起きない。女性の攻撃の手が止まった。女性は姿を現し、焦った表情で言った。
「どこへ行った!?」
自分の目の前にいるというのに、女性には蓮の姿が見えていないようだった。何が起こったのかわからないまま、蓮がその場で立ち尽くしていると、何者かが後ろから右腕を引っ張った。振り返ると、そこには赤崎錐野がいた。




