18話 籠はあえて説明しなかった
癒枝が足元で行儀良く座っている黒猫に目で合図を送る。猫型の塊は武器を召喚し、彼女の手元に蓮と同じ形の大鎌が現れた。蓮も同じくチョコを呼び、大鎌を召喚すると、癒枝が意外そうな表情でチョコを見た。
「え、兎型にしたの?」
「うん。だって可愛いじゃん?」
「…来条君はそういうの気にする人だと思ってた。大丈夫なんだ」
「ん?大丈夫って、何が?」
癒枝が言おうとしている事がわからず、蓮は首を傾げる。すると、彼女は何かを察したような顔をした。
「…とりあえず、話を進めようか。影との戦闘では、塊の能力をいかに使いこなすかが重要になる。来条君は自分の塊の能力は把握してる?」
「えっと…飼い主の跳躍力と走力とか…後は聴力を上げる、だったかな」
「そうだね。兎型は身体能力を上昇させてくれるから、来条君は塊の力を得た状態で戦闘をする事になるよね?という事は…」
「あ、そうか。まずはその状態に慣れないといけないわけだ」
「そういうこと。だから、来条君には塊の能力を使った状態に慣れてもらうよ。大鎌の使い方はその後ね。じゃあ、さっそく塊と“同化”してもらおうか」
「ど、同化?」
「そう、こんな感じで」
癒枝の黒猫型の塊が黒い霧状になり、彼女の体に溶け込むようにして消えた。それを見て驚いた蓮は目を丸くした。
「今のが同化ってやつなの?猫が消えたんだけど!」
「そう。同化の状態になると、塊の能力が直接飼い主に付与されるの。やり方は簡単。同化したいって念じるだけで、塊がその意思を読み取って同化してくれるよ」
猫型の塊と同化した癒枝に、見た目には変化が特に見られない。同化と聞いて少し躊躇していた蓮だったが、彼女の変わらない様子を見て安心した。
癒枝と同じように、蓮もチョコと同化する。同化した時、少しだけ体がふわっと浮くような感覚があったが、それ以外は特に変化は見られない。と、思ったのだが。
「ハハ、やっぱりそうなるよね…」
「え?何が?」
癒枝が自分の頭の上に視線を向けている。そう思った時、頭に何かが付いているような感覚がある事に気付く。恐る恐る頭の上に手を伸ばしてみると、先ほどまではなかった何かが2つ、頭にくっついている。
癒枝が部屋の隅に置いていたバックを持ってきて、折りたたみ式の鏡を取り出し、それを蓮に渡した。蓮は鏡で自分の姿を確認する。まだ見慣れない少女の顔に思わず顔をしかめたが、それよりも衝撃的な事があった。
頭の上に兎のような長い耳が2つ付いている。それはチョコと同じく黒い色をしていて、動揺している蓮の心が反映するかのようにピンと縦にまっすぐ伸びた。
「お、俺の頭に耳が生えて…え…?」
「あー、やっぱり知らなかったのか。兎型の塊と同化すると、頭に兎の耳が生えるの。だから、兎型は選ぶ人が少ないんだよ」
「えっ…でも、奈月は猫と同化したのに耳生えてないじゃん」
「うん。他の塊は同化しても見た目に変化は起きないよ。兎型だけだね。耳が生えるのは」
「そ、そんな…」
蓮は膝から崩れ落ちて手をついた。よりにもよって何故。自分が選んだ兎型だけそんな機能が。自分の運の悪さに絶望する。
兎は好きだが、自分の頭に兎の耳が生えるのは嫌だ。瑠依はともかく、クラスメイトの日衣菜にこの姿を見られるのは恥ずかしいし、学校で顔も合わせられないだろう。夢乃もこんな姿を見たら反応に困るに違いない。
「お、俺は…この姿で影と戦うのか…こんな…ウサ耳を付けて…」
「ちゃんと似合ってるし、可愛いから安心しなよ」
安心できるか!と泣きそうな顔で心の中で叫ぶ。
だが、いつまでも泣き言を言っている場合ではない。一刻でも早く戦えるようになって、自分が元の体に戻る手がかりを見つけないといけないのだから。
蓮はよれよれと力なく立ち上がる。落ち込んでいる蓮の気持ちに連動して、ウサ耳は折れて下の方を向いている。
「ごめん、もう大丈夫だ」
「そう?ならいいけど。とりあえず、そうね。走ってみようか」
「よし!いくぞ!」
蓮は軽くストレッチを済ませ、走る姿勢に入る。右足を蹴り上げて前に進んだ瞬間、その姿が消えた。それと同時に、ドゴンッ!と壁に何かが当たる鈍い音が響き渡った。癒枝は、蓮が走った方向へ顔を向ける。すると、そこには、壁に頭から衝突して倒れている蓮の姿があった。
「大丈夫?凄い音がしたけど」
「何が起こったんだ…」
「力の加減を間違えたんだね。スピードの出しすぎ。でも、ここまでとはね。もしかして、来条君って元々足速い?」
「50m走5秒台……」
「あれま。そりゃこうなるね。ごめんね言ってなくて」
蓮はまだ癒えていない頭の痛みに耐えながら、上体を起こす。顔から壁にぶつかったからか、鼻がまだ少し赤いままだった。