100話 最後の戦い(13)
夢乃からの連絡を受け、捜索チームのメンバーのうちの七人は早速古びた小屋があるというその場所へ向かった。
目的地へたどり着くと、そこは一見何の変哲もない小さな木造の小屋だった。周辺には野草が生い茂っているだけで、他の建物は見当たらない。今、鏡界全体を騒がせている元凶がいるとは思えないほど平穏な場所であったが、小屋からはわずかだが魔力が感じられた。
魔法使い達はそこに何かがあると確信し、慎重に小屋の扉を開けたが、建物内もやはり普通の小屋の構造だった。
小屋の中に明かりはないが、小さな窓から陽光が差し込んでいるおかげで薄暗い程度で済んでいる。捜索チームが中に入って調べようとした時、日衣菜の近くで棺が出現した。棺の蓋が軋んだ音を立てて開くと、その中から四岐が姿を現した。
「ちょっと!勝手に出てこないでよ!」
日衣菜は声を抑えながらも怒った口調で言ったが、四岐は気にも留めず小屋全体の様子を凝視している。
「……似ている」
「何が?」
「この小屋、零が村で暮らしてた頃の家に似ている。なんというか、雰囲気が…」
零の幼馴染である四岐は、零が暮らしていた家のこともよく知っていた。日衣菜は少し驚いた顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「自分が住んでいた家に雰囲気が似ている場所を選んだってこと?でもそんなことをして一体何のメリットがあるの?」
「んー、そっちの方が落ち着くから?」
「そんなわけないでしょ」
四岐の適当な返答に日衣菜は呆れたような顔をした。
「ちょっと待てよ…」
二人のやりとりを聞いていた錐野は、何か考える素振りをした後、蓮の方を見た。
「蓮、確か零は村にいた時から虚念と一緒にいたんだよな?」
蓮は急に話を振られた為、少し反応が遅れつつも頷いた。
「ああ。虚ろな目をした奴らを連れていた。間違いない。危うく殺されそうになったからな」
「ということは、零は村のどこかに魔法を発動するための拠点を作っていたはずだ」
「拠点?」
「零が生命体を創る時、誰にも見つからない場所で行う必要があったはずだ。村の人たちに怪しまれないようにな。だから、零は自分の家を魔法を使う際の拠点にして、自分に忠実な手下を創っていたんじゃないかな」
四岐は錐野の話を聞いて感心したような顔をした。
「確かにアイツは、両親が亡くなってから一人暮らしだったしな…それがこの小屋と何の関係が?」
「特定の場所に魔法を仕掛けることは容易なことじゃない。周りの環境や状況によっては失敗することもある。要は繊細なんだ。だから、零はかつて成功した時と似たような条件を作りたかった…それがこの小屋を選んだ理由だと思う」
「待て待て、俺は生前、零の家に何度か遊びに行ったことがあるが、そんな怪しげなもんはなかったぞ。アイツの家にはそんな大層なものを隠せるほどの広さはなかったはずだ。現に今だって、それらしきものは見当たらないじゃないか」
「おそらく、隠していたんだろうな」
「隠すってどこに」
錐野は辺りを見回してから、言った。
「ここは薄暗いな。部屋の隅なんかは真っ暗だ」
錐野が含みのある言い方をしたので、気になった蓮は早速部屋の隅の方へ駆け寄って座り込み、暗い場所を注視すると、床に文字が刻まれていた。
「何か書かれてる!文字だ!」
蓮が見つけたその文字を調べた結果、それは魔法を発動させるために書かれたものだった。光の当たらない他の場所を調べると、あちこちに同じように文字が小さく刻まれている。零はこの古びた小屋全体に虚念を創りだす為の細工を施し、虚念を発生させていたのだ。
「確かに零の家はいつも薄暗かった…だからこの小屋も雰囲気が似てると思ったのか。でも、ここが虚念を創り出す拠点なら、肝心の虚念はどこにいるんだ?」
四岐がそう訊くと、部屋の隅を調べ終えた錐野が腰を上げながら言った。
「今はいないだけだ。そのうち出てくるだろう…それより問題は、零が何故ここで折り返したか、だ」
夢乃から受けた連絡では、この小屋の前で零は止まり、人形だけ森へ向かわせた。零本体はこの近くに隠れている可能性が高いはずだ。しかし、小屋の中に零はいない。彼はどこにいったのだろうか。
一同が考えながら手がかりを探している中、急に日衣菜が何か思い立った様子で小屋の外へ出た。蓮が声をかけると、日衣菜は言った。
「小屋の中じゃなくて、外に何かあるのかもしれない」
日衣菜の予感は当たった。小屋の後ろ側をよく見てみると、下の方に小さく文字が刻まれていた。日衣菜に呼ばれた錐野は、文字を読んだ後言った。
「これは転送の魔法だ」
「転送ってことは、この小屋からどこか違う場所へ飛んだってこと?」
「ああ。この魔法なら俺達も同じ場所へ飛べる」
日衣菜は眉をひそめた。
「……隠れる場所なのに、敵も入れるの?」
「もしかしたら、零は最悪見つかってもいいと思っているのかもしれない。侵入される事を見越して何か罠を敷いている能性がある」
「じゃあ、来条君は入らない方がいいよね」
「そうだな。照原さんも蓮と一緒に小屋の外で待機してくれ」
日衣菜はすぐに頷き、再び小屋の中に入り蓮を小屋の外へ連れ出した。日衣菜から話を聞くと、心配そうな顔で錐野を見た。
「錐野、気を付けろよ。零のことだから何か罠を仕掛けているかも」
「わかってる。危険そうだったら逃げるさ」
日衣菜と蓮を残し、錐野含む五人の魔法使い達は転送魔法を使うと、一瞬にしてその姿は消えた。残された二人は、お互い不安そうに顔を見合わせた。




