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1話 朝起きたら女の子になっている

 

 学校から帰る途中、来条(らいじょう)(れん)は、いつも通る道路の脇道を歩いていた。空を見上げると、橙色のグラデーションが綺麗な夕焼け雲が広がっている。

 ぼーっとして上を見ながら歩いていた彼は、前を向いていなかったので人とぶつかった。ゆっくり歩いていた為、そこまでの衝撃はなかったが、それでも相手の頭ががっつり自分の胸部にぶつかったので、即座にまずいと思い、声をかける。


「す、すみません!大丈夫ですか?」


 蓮が謝ると、相手は何も言わずに、手に持っていたスケッチブックのあるページを見せた。そのスケッチブックには、黒の太いペンでこう書かれていた。


『私の事、覚えていますか?』


 相手は何か事情があって話すことが出来ないらしい。スケッチブックを会話の手段として用いているようだった。


「えっと、俺の知り合い…なのかな?」


 蓮が何故このような聞き方をしたのかというと、相手は黒いフード付きのマントを被っていて、フードの影で顔が全く見えなかったからだ。

 身長は蓮より一回り小さく、足首が細い。体格的におそらく女子だろう。しかし、声もわからず顔も見えないのだから、体格だけでは知り合いかどうかはわからない。

 相手は一体何者なのだろうか。困惑している間に、相手はスケッチブックのページを捲ってまた見せた。

 そのページに書かれたメッセージを読み終えると同時に、肩を誰かが後ろから軽く叩いた。彼が咄嗟に振り向くと、そこには蓮の友人、赤崎あかざき錐野きりのがいた。


「なんだ錐野か、びっくりした」

「俺で悪かったな」


 錐野は蓮の幼馴染みである。通っている高校は違うが、小学生の時からよく遊んでいる。赤色の髪が特徴的で、遠目から見てもすぐに髪色で錐野だと分かる。錐野は蓮を不思議そうな顔で見ていた。


「蓮、お前何してんの?」

「この子と話をしていたんだよ。知り合いっぽいんだけど」

「ん?誰もいなくないか」


 そう錐野に言われて、フードの子がいた方を見ると、彼女はこつぜんと姿を消していた。いつの間にいなくなったのか。動揺している蓮に、錐野は疑わしい視線を送りながら言った。


「お前、夢でも見ていたか?」

「いや、本当にいたんだって!…なあ、錐野」

「何?」

「『影に気を付けて』って、どういう意味だ?」

「…お前、それどこで聞いた」


 先ほどまで笑っていた錐野の表情が、蓮の一言を聞いた瞬間一変し、いつになく真剣な顔で問いただす。『影に気を付けて』というのは、フード姿の少女が最後に見せたスケッチブックのメッセージである。何となく聞いただけだったが、錐野が予想外の反応を見せたので、蓮は戸惑った。


「いや、さっきの子がそう言ってたんだよ」

「そうか」


 錐野はそう言っただけで、それ以上スケッチブックのメッセージについて言及する事はなかった。

 その後、蓮達は同じ帰り道を歩きながら他愛もない会話をした。錐野と蓮の家は隣り合わせで、お互い家に着いて別れる時、錐野は学生鞄からごそごそと音をたてて何かを取り出した。それは、手のひらと同じくらいの大きさのぬいぐるみだった。


「何それ?」

「いや、蓮にあげようと思ってさ。お前こういう癒し系の、好きだろ?持ってろ」

「いきなりどうした?‥‥‥貰うけど」


 蓮は可愛いものに目がない。ぬいぐるみを受けとってよく見ると、いかにも手作りという風で、縫い目が少し荒かった。耳の形状からして、クマをモチーフにしている。


「これ、お前が作ったの?」

「…まあ、半分正解だ。とにかく、それ持ってろよ。いいな?」


 錐野は釘をさすように言うと、さっさと家の中に入ってしまった。蓮は首を傾げながらも、そのぬいぐるみを少し気に入ったようで、早速自部屋の本棚2段目の端に飾った。



 ★



 忙しなく鳴る目覚まし時計と、カーテンの隙間から差し込む日光の眩しさで蓮は目を覚ました。

 もう朝か。寝ぼけ眼をこすりながら、蓮は憂鬱そうに心の中で呟いた。学校に行く準備を済ませる為に、1階にある洗面所に向かおうとしてベッドから起きて立とうとしたが、ある“違和感”を体全体に感じてぴたりとその動きを止めた。


 自分の体に大きな違和感がある。蓮は恐る恐る自分の体に視線を移すと、昨日まではなかったはずの、大きな膨らみが胸にあった。

 それだけではない。下半身にも違和感がある。具体的に言うと、何かが物足りない。まさか、と思い蓮は咄嗟にズボンの中を確認する。


「……ない!俺の相棒が!なくなっている!」


 今までずっと共に人生を歩いてきた“大切な相棒”がいない。声も以前よりも少しだけ高くなっている。あまりにも突然の出来事に、蓮は頭を抱えた。


「嘘だろ…俺はまさか、女の子になってしまったのか?」


 蓮は慌てた様子で階段を下りて、洗面所へと駆け足で向かう。洗面台にある鏡を見て、現在の自分の姿を確認した。

 鏡に映っていたのは、自分だとは到底思えぬ女子の姿であった。髪色は男の時と同じ灰茶色だが、何故か毛先が肩まで伸びている。寝ぐせで髪の毛があちこちにはねていた。

 白兎と同じ赤色の瞳は今までと変わらないが、元の姿よりも目がぱっちりとしていて、睫毛も長くなっている。


「俺は一体、どうなってしまったんだ……」


 あまりの衝撃の事態に、学校に遅刻する時間まで迫っている事に気づいても、仕度をする気が起きなかった。全てが夢であってほしい。そう願ったが、現状何も変わる事はない。現実は残酷である。

 本来なら、1階で朝食の準備をしている母親に、事情を説明して相談するべきところだが、彼は酷く混乱していた為、自分が女の体になった事実を母親から隠さなければという思考に至った。


 早速、蓮は2階にある自分の部屋に戻った。時計の秒針は既に家を出なければいけない時間を示している。母が怒り狂って部屋のドアを突き破る前に、何とかして自分が女になった事を隠さなければ。

 体が縮んだからか服のサイズが合わない。袖が長く、手が出ていないし、肩幅もサイズが違うせいで服がずり落ちてだらしない格好になっている。まずはサイズの合う服を探さなくてはならない。


 蓮は少し涙目になりながら、闇雲になってタンスから服を探していたところ、1階から力強い足音が聞こえ、それは回数を重ねるごとに迫ってくる。間違いなく足音の主は母だ。蓮は直感でそう思った。


「まずい、この状況をなんとかしなければ」

「時計の針も読めなくなったんか!アンタは!」

「あ、母さん」


 時は既に遅し。蓮の母、やなぎは蓮の部屋のドアを足で突き破り、鬼の形相をしながら仁王立ちをしていた。やなぎは、蓮が寝坊すると決まって狂暴化して叩き起こしに来る。蓮は力の抜けた、今にも泣きそうな震えた声で言った。


「母さん。俺、女の子になっちゃった」




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