Morris F-13
マイナーモデルのギターを弾いてみた感想文です。
一週間くらい前にハードオフで5,000円で投げ売りされていたジャンク品を買ってきて、今日やっとレストアが終わったギターです。
売られていた時の状態は、弦は青サビで覆われていて全体にコケが生えたみたいな色をしており、触ると緑のチョーク粉みたいなのがサラサラと落ちる感じ。ペグの表面は全体の半分くらいがクロムメッキが剥がれて赤サビに腐食されていました。さらに買って帰ってからペグを分解してみると、弦を巻く支柱の部分は錆びて内部で赤い粉と化していて太さが2/3くらいになっていた上にサビでブッシュと一体化している物も何個かあって、ペグの支柱が回らないどころかブッシュから抜けない物も2つほどありました。ペグの支柱を抜くのに油圧の圧入機使ったのは今回が始めてです。一応、ペグは全部バラしてサンドブラストかけたりサビ取り溶剤の中に漬け込んだりしてオリジナルを再利用しようと頑張ってみましたが、やはり支柱がサビの浸食で細くなってしまっていたためガタが出てしまい、弦の張力で支柱が傾くと歯車がうまく噛み合わなくなってしまって、コレばっかりは修理のしようがなかったです。それでもオリジナルにこだわろうと思って、在庫であったギブソンのアコギからペグを外して分解し、支柱と歯車だけ交換したりもしたのですが、この時代の日本の楽器作りって凄い物で、ペグなんかの金属パーツまで全部自社特注製品みたいで、中の歯車一つとってもシャーラーやクルーソンの歯車とは大きさや形状が違っている独特な物なため、一見ぴったりハマったようでもやはり弦で引っ張られると歯車が溝を跨いでしまったり。あと、支柱の長さも独特で、元々付いていた物は現在流通している物よりも長いので、他社の現行の物が使えなかったです。これは単にヘッド板の厚みが近年のギターよりも厚いため、ギターに合わせてペグの部品を作ったからそうなったのでしょうが、今なら、ギターのヘッド板の厚みは17.5ミリって万国共通の規格があって、ペグの各メーカーも支柱はその規格でしか作っていないのが当たり前なんです。わざわざこのギターのヘッド厚に合わせて支柱を旋盤で削り出して長さを切るなんて事は生産性の面から見て今では有り得ません。同じ規格で量産された金属部品に合わせて木材を加工する方がよっぽど効率的で楽なので。
そんな訳で、どうやってもオリジナルのペグはまともに動作しないため、結局レスポール用のゴトーのロックペグを購入してヘッド裏から厚みを落として取り付けました。フルオリジナルではなくなってしまいましたが、ガタは全く無くなったので実用面ではこれで良しとしました。ボディ本体は汗と埃だと思われるザラザラで覆われて艶など皆無でしたが、こんなものはコンパウンドとバフ掛けで一発でピカピカに戻りました。
70年代中期頃の日本製のギターって、当時は安物でも使っている木の質はとんでなく良いですよ。このギターに使われているホンジュラスマホガニーなんかは90年代にホンジュラス共和国の天然記念物に指定されちゃって今はもう幻になってたり、トップ材のエゾマツなんかも今じゃこんな太いエゾマツが無いため、今のアコギはマーチンでもギブソンでもトップ材は目の粗いアメリカ産のシトカスプルースしか使えていないので。90年代の始め頃まではこれらの材料はホント二束三文で、公園の屋根付き休憩所などが丸々ホンマホだったりしましたが、今になってみればギター材としては最上級です。エゾマツ(国産スプルース)もホンマホも目がほんとに密に詰まっていて見た目にも美しい。
ブリッジのエボニーも指板のローズウッドもカラカラに乾燥していて白っちゃけていたのでレモンオイルに浸けたウエスを乗せてじっくりと二日かけてオイルを染み込ませて潤いをと取り戻しました。
ペグを買いに行った際に黒いブリッジピンも捜していたら、最近はエボニーで出来た木製ブリッジピンなんて言うのも出ているのですね。面白いので即買いして取り付けました。しかも、この木製ブリッジピン、ピックボーイで作ってるというのがポイントです。ピックボーイって、あのマリファナピックのピックボーイです。10代20代と、もう一生マリファナピックしか使わないって思ったくらい使いやすいピックで、このシリーズが無くなったらギターやめようって思っていました。老いぼれの戯れ言ですが、このピックだけは別格です。まあ、ネーミングと滑り止めの立体図柄がマリファナの葉っぱだったせいか、10年ほど前から見かけなくなりましたが、このピック、何の素材で出来ているのか凄く謎で、結構柔らかいのに全然削れないし割れたり欠けたりしません。削れたり割れたりする気配すらしないんです。私の場合、今ではそんなに弾きませんが、20代の頃は一応演奏で飯を食っていましたので毎日欠かさず5〜6時間くらいギターを弾いていました。その頃から20年以上無くさずに使っているピックボーイのピックが未だにあります。しかも殆ど角が減ってない。当時、ストックとして20枚ほど同じマリファナピックをストックしていますが、最初の一枚が見当たらなくなってストックから新しいのを出して、フッと最初の一枚が出てきたらストックを戻すというのを繰り返してきたので、ストックも減りません。過去10年くらいの内にはthe michelle gun elephantのコピーやったりヴァン・ヘイレンの真似してスイープやったり、凄くピックを酷使していた時期もあり、フェルナンデスのピックなんかは数時間で先が欠けたりしたのに、このピックだけは全く削れる事さえ無いんです。素材が何なのか全く謎。(最近の印刷だけのピックボーイのピックはダメですが。)
そんなピックボーイのロゴを店頭で久し振りに見た事もありブリッジピンは即買いしました。
ナットは家に在庫であった象牙で作り直しました。売られていた時点で当時の物としては当然なのでしょうが3弦までラウンド弦でしたので、アコギにはアーニーボールのヘビーボトムしか張らない私の仕様ではナットの溝が合わないので、ナット交換は必須となります。
フレットは前の所有者がどれくらい弾いていたのか分かりませんが、殆ど減っておらず、12fでの6弦の弦高も2ミリだったのでフレットの打ち直しはしなくても大丈夫でした。とりあえずスチールウールで磨いてバフ掛けして光らせておけば使える状態だったので、それでOKとしました。
ここまでやって奇跡的だったのが、このギター、売られていた時点で金属部品がサビだらけでボディ本体がキッタナく汚れていたものの、ボディ本体への打ち傷や凹みなんかは全然無い極上の保存状態だったという事です。ピック傷すら無い新品のような状態まで戻ったので、ここから本器のレビューとなります。
まず、このギターは『Morris F-13 1974年製 飯田楽器製作所 製作監督 長尾』 というモデルになります。モーリスのF-13は'74の'75の二年間しか製造されていない試作版のようなモデルで、マーチンの000シリーズを完コピした型です。(80年代にギブソンがギターの型に関して著作権の訴訟を起こすまで、日本でも完コピ型の製造は合法でした。)
『S.Nagao』のサインに関して、当時、モーリスの飯田楽器製作所は、ほぼ全て手作業でギターを作っており、製作に携わる工員は27人いましたが、その中で4人の職人が『親方』として最終工程や調整を行って出荷していました。その親方の一人が長尾さんでしたが、4人それぞれ型に微妙に癖があり、当時のフォークシンガーの中には同じモーリスでも誰が監修した物が良いと指定する人も多かったです。
今回、この『長尾監修 モーリス F-13』ですが、まず構えて音を出してみた最初の感想は『スゲー弾きづらい』です。これ、今のアコギやエレキしか弾いた事の無い人にはちょっと難しいんじゃないでしょうか。しみじみ測ってないのでちゃんとは分かりませんが、ナット位置での指板幅がクラシックギターくらいあります。さらに指板のRがほとんど無いです。私の場合、フラメンコギターも弾くので、それほど抵抗無く弾けましたが、このネックを握った感じはフラメンコギターと同じ感じのネックです。モズライトやテスコ、ダンエレクトロなどが、これに近い指板やネックの形状なので、70年代あたりではこれが普通だったのだろうと推測は出来ますが、発展途上というか開発途上というか、今のギターに慣れた人達には結構厳しいのではないかと思われます。
そして肝心の音ですが、一言で言うなら『悪くない』といった感じです。元が12,000円のギターなので50年物とはいえ、それほど期待してはいけません。でも『悪くない』です。
私は曲がりなりにも元プロなのでギターはエレキ、アコギ総じて60本ほど所有しています。マーチンもギブソンも何本か持っていますが、それらと比べてみても悪くないです。ただ、マーチンのトリプルOと同じ形をしていても、音のキャラクターは全然違う感じです。なんといいますか、マーチンは音の一つ一つが高音寄りでハッキリと粒になって出てくる感じなのに対して、モーリスは全体にコンプがかかったような、全部の音が一本の太い音に纏まって出てくるような、なんて言うか、いいスピーカーでギターソロの演奏を聴いているような、ちゃんとEQ調整をされた感じの音が出ます。音の質感も独特で、ヤマハのアコギのような音質的にキレイな音とは違う、時にマカフェリに近いような独特な響きが出るポイントもあります。さらにこれは経年変化によるものなのか構造によるものなのか分かりませんが、音が異常なほどデカいです。私的にはギターの音に関して『枯れてる』という表現は使いたくないのですが、古い田舎の家の板壁が北風に鳴っているようなカラッカラに乾いている木が反響している感は確かにあります。日本製なので元からこんな感じの侘しい音だったのか、50年という経年変化でこんな音になったのか分かりませんが、とにかく独特。
使いどころとしては、やっぱりピックでコードを弾くのが良いかと感じました。一応、ボサノバなども一通り弾いてみましたが、このギターの音には濃厚さとか甘い色気とかが無いので、ボサノバやマヌーシュみたいに表裏で軽さと甘さが同時にあるような音楽には向かないです。陽気なだけでスッカスカな聴き感になってしまいます。その点、日本のフォークソングなどは便利な音楽で、こういうカラッカラで痩せこけた音に懐かしさを感じてくれたり、心に響くと言ってくれたりするので、そういった意味では日本の音楽に合う音色なのかなと思いました。モーリスが始めからこのように日本の風土に合うような音色のギターを作ろうと思って、ドンピシャでそれを作り上げていたのだとしたら相当凄いですですが。
今回、このギターのレストアにかかったパーツ代は17,000円。本体は5,000円だったので、総額21,000円でした。
マイナーモデルのギターを弾いてみた感想文です。