~岡っ引き剛~
江戸時代に召喚された遠い未来から来た女の僧侶
呼び出した張本人の廻船問屋の若旦那 中村伊織は返す方法がわからずお手上げ状態。
屋敷を出て江戸の町を歩いているとそこでは若い男同士が喧嘩をしていて・・・・
『うーーーん。ふむ、、、うーーん。』
『・・・・。で、戻れる方法はその本に書いてあるのか?さっきから唸ってばっかりだが』
『うるさい女だね、今読んでるんだから静かにしておくれ。ほら、そこにお茶と大福があるからそれでも食べて待ってておくれ。』
伊織が指さした先には机の上に湯気のたったお茶と白くて真ん丸の大福がお皿の上に乗っている。
女はため息をつき縁側に座る。
『おや、食べないのかい?その大福はここらへんでは大変美味しいと評判の蓮華堂のやつなんだよ?騙されたと思って食べてごらん』
『やかましい奴だ、とっとと調べろ。』
『本当口の減らないやつだね。まったく』
伊織はぶつぶつ言いながら書物を漁っている。女が江戸に来て1週間が経とうとしている。
呼び出した張本人の伊織は召喚したものの変換の仕方がわからないとぼやいたまま時だけが過ぎていく。
『おや、法師様。そのような所で何を』
伊織の父親である源次郎が話しかけてくる。もう起き上がり家の中を歩き回るくらいの元気はあるようだ。
あの後、屋敷の者全員が源次郎の部屋に集まり大騒動だった。泣く者もいれば驚いて騒ぎ立てる者、部屋にいる見知らぬ女を訝しる者や近所にふれまわる者までいて大層煩かった。
だが、伊織が事情を説明すると今まで怪しい目でみてきた屋敷の者全員が女を上へ下へという訳だ。とても分かりやすい連中だ。
『何をも、、そこの息子さんが私を呼びつけておいて返し方がわからないと言っているからな。どうしたものかと思っていただけだ。』
『そうですか。それはご迷惑を・・。ですが法師様さえよければ是非うちに・・・。』
『それは断る。』
源次郎がすべて言い終わる前に言葉で遮る。
伊織がため息をついてるがお前はとっとと調べろと睨む。
『なんだい?その目は。そんな目で見られても分からないものは分からないんだよ。もう少し待っていておくれ。』
『その台詞は何回も聞いた。私は私で戻る方法を考える、頼りないお前にはもう頼らん。』
『ふん、。言ってくれるじゃないか、後で泣きついてきても知らないからね』
『まぁまぁ、法師様。ここは急がずゆっくりと。こちらももっとお礼をしたく思っております故に』
源次郎まで呑気な事を言う。ここの連中とずっといると頭が痛くなってくる。気分転換に外に出たいがここは江戸。この恰好で外にでると番屋までしょっぴかれて帰れなくなるかもしれない。
『源次郎さん。着物ある?』
『着物ですか?まぁ着物ならばありますが、何にお使いで?』
『少し外に出たくてな』
『ちょっと!着物を着たとしても髪の毛がダメだよ!ちゃんと結わないとすぐに番屋に連れていかれてしまうよ?』
『そうですね、髪結いだなんてこの屋敷にいないしなぁ、どうしたものか。うん、少し待っててください』
そういうと源次郎は奥に行ってしまった。
『着物だなんて・・お前はどっちの着物の方がいいのかね?女物か男物か』
『そんなもの、女物に決まっているだろう。』
『はぁ、わかってないねお前は。確かに綺麗な顔をしているよ。でもここ数日間で分かっただろ?ウチの女中たちがお前さんをみては黄色い声をあげて毎日毎日煩くて仕方ないんだよ。何度も女だって説明しても理解してくれない。本当に困ったもんだよお前の顔は。』
『ふん、お前がとぼけた鯉みたいな顔してるからだろ。』
『だっ誰がとぼけた鯉だっていうんだい!』
伊織が真っ赤な顔をして怒りだした時、勢いよく障子が開いて伊織が悲鳴をあげる。
相変わらず肝の小さい男だと思う。
『あぁ、法師様お待たせしました。着物なんですがウチの手代が来ているこの着物なんていかがでしょう?』
『手代・・・?女中でなくてか?』
手代といえばほぼ男。源次郎が手に持っていた着物も男物だった。
『法師様は女性ですが、少し背丈が大きくていらっしゃいますからね、こちらの方がその凛々しいお顔にも大変お似合いだと存じますがいかがでしょう』
伊織が肩を震わせて笑いを堪えているのが横目でわかる。
源次郎はにこやかな笑顔で着物を当ててくる。思っている以上にここの親子と自分とは合わないと感じた。男物の着物でもいいので源次郎から奪い取り隣の部屋で着替え外にでようと思った。
『あ、着付けられるならば女中をお呼びいたしますよ?』
『父さん、いいんだよ。うちの女中はみんなあの女に夢中なんだからね、煩い声をまた聞くのかと思うと心の臓に悪くて仕方ないんだよ』
『まぁ、うちの屋敷には今までにない事だから仕方ないと思うが』
呑気な親子の会話を聞き流し男物の着物に袖を通す。
思ってたよりしっくりくる着心地に内心は複雑だが外に出られるならばよしとしよう。
隣の部屋にいる親子を無視し、外に行こうとした時伊織が話しかけてきた。
『おや、もう、着替えたのかい?男物でも随分と様になってるじゃないか、あとは髪だね。』
『髪はポニーテールにすれば問題ないだろ。』
『ポニ、、??なんだいそれは?』
『わからんならそれでいい。』
急いで髪を上で結び外に出ようとしたが履物がない事に気づく、源次郎はすぐさま草履を持ってきて女の足元に品よく置く。
『悪いな』
『いえいえ、そんな。いってらっしゃいませ。と言いたいところですが、何やら心配です。本当に大丈夫でしょうか?』
『ああ。いざとなったら逃げる。』
『そう、やすやすと言ってるけどね、この広い江戸には腕利きの同心や岡っ引きがわんさかいらっしゃるんだよ?逃げるだなんてできっこ・・・』
伊織の話を半ば無視しながら暖簾をくぐり外にでる。
後ろから伊織の金切り声が聞こえてきた。