文化祭はふざけなさい?
「わ、結衣ちゃんに上牧先輩!来てたんですね!」
「とってもよかったよ!プラネタリウムも、麗香ちゃんの説明も」結衣がにっこり笑う。
「綺麗だったし、結衣も楽しんでたみたいだぜ」と俺。
「いえいえー。とっても緊張しました。でも、私の担当の時に来てくれてて嬉しかったです。お二人は文化祭デートですか?」麗香が無邪気に聞いてくる。
「んなわけあるかよ」「そうだよ」
同時に答える。俺は結衣の方をさっと見ると、結衣は急いで顔を伏せた。
「あ、まだお客さんが残っていますね。あれは・・・」麗香が教室の端っこに気を取られる。
椅子で姿勢を正している人物が一人。真っ黒のスーツ、きちんと整った髪、盾になりそうな黒の鞄・・・。麗香のいるところにはどこでもいる執事の梅ちゃんこと、梅田さんだ。
気づかれたのに気づいて、梅ちゃんが席を立って、颯爽とやってくる。
「うわあ、びっくりした。梅ちゃん、なんでいるの?」と麗香。
「私がいる理由ですか?こんな暗闇にレディーを護衛なしで置くなんてできませんからね」当然のように言う。
「そんな、大袈裟だって。ここは高校だよ」麗香が口を尖らせる。
「いかなるところであれ、油断は禁物なのであります」
「私、子どもじゃないんだから。ま、梅ちゃん、せっかくだしジュースかなんかおごってよ。下の階の売店のところ。さっきの説明でドキドキして喉がカラカラ」
「かしこまりました。しかし、あの売店の砂糖水、いや、ジュースとやらはレディーの健康によろしくありませんぞ。私が、リラックスにぴったりなハーブティーをお持ちしました。一つ、皆様でいかがでしょう?祭りの中休みをなさっては」
「うん!結衣ちゃんと先輩空いてる?」
「おう。二人とも次のシフトまでまだあるから」
「それでは、上の階の理科室へ」梅ちゃんが三人をリードする。
「学校のこと、詳しいねえ。てか、なんで理科室?」と結衣。
一行は、混雑した廊下をかき分けて(いや、梅ちゃんの怪しい姿に人波を自然に引かせながら)、階段を一つ上がった。
理科室は文化祭で使われていなくて、中は誰もいなかった。梅ちゃんがパチっと電気をつける。
「ここ使っていいのか?」
俺が首をひねる。梅ちゃんは鞄を開いて、ぱっと俺の前に白い布を広げる。そのまま理科室の四角いテーブルにかけた。
優雅なテーブルクロス・・・。
続いて、鞄から、当たり前のように紅茶のカップとポットが出てきた。それから、Dammannの小さい茶葉の缶とミネラルウォーターも。
「麗香嬢さま、カモミールティーでよろしいでしょうか」
「うん、いいけど、本格的なのね」
「どうやってお茶淹れるんだ?」と俺。
梅ちゃんは壁際の棚にツカツカと歩いて行って、アルコールランプ一式を勝手に拝借すると、胸ポケットから銀のライターを取り出して、パッと火をつけた。
「おおー、なんかかっこいいね」結衣が興奮している。
「カップとか、お茶とか用意周到だなあ。その鞄、なんでも入ってそうですごいですね」
俺は執事とはこのようなものかと驚かずにはいられない。
「こういうのは、あくまで気晴らし用に空きポケットに入れているだけです。この鞄は、麗香嬢さまの護衛として、本来必要なものが様々と、入っているものですから。・・・例えば、こういうものとか」
梅ちゃんが鞄からさっと取り出したものは、いかつい双眼鏡のようなもの。重量感があって、ゴツゴツしていて、ミリタリー映画にでも出て来そうなやつ。レンズのところが不思議に透き通った赤色をしている。
「これは何に使うの?」結衣が双眼鏡をもてあそびながら、尋ねる。
「ご説明してもよろしいということでしょうか?」梅ちゃんがちょっと眉をひそめて言う。
「え?なんか遠回しね。そりゃ、もちろん。聞きたいわ」
「では、カモミールティーを飲みながら・・・」
梅ちゃんがアルコールランプに蓋をして火を消し、みんなのコップにお茶を注ぐ。たちまち、空間が香ばしいハーブの匂いに包まれた。
「先ほども申しましたように、麗香嬢さまが暗闇で危険な目に遭われないように護衛をするのが私の役目です。ですから、みなさまが人工星空と、お童話を楽しまれている間、私はこの赤外線スコープで、怪しい人物がいないかと見張っておりました」
梅ちゃんが、ふっと笑う。結衣が勘付いて、椅子の中で縮こまった。
「幸い、麗香嬢さまを狙う輩はおりませんでしたが、私の目が釘付けになったのは・・・結衣さまです」
結衣がもじもじしながら、椅子に沈み込んだ。
「結衣ちゃんがどうかしたの?」麗香が興味津々。
「そうですね、麗香嬢さまにご報告する義務があると考えて差し支えないでしょうね。結衣さまは・・・」
「待って待って」結衣が真っ赤になってさえぎる。
「私はどうもしてないわよ。ね、梅ちゃん、勇真の耳元でこそこそしゃべってたのは、邪魔にならないように感想言ってただけだし、くっついてたのは端っこの方の星が見えづらかったからってだけだし・・・」
麗香がぽかんと、結衣の顔を見つめる。それから、くすくす笑い出した。
「文化祭デートだね、結衣ちゃん!」と麗香が笑いながら納得気に言う。
「結衣さま、私はただ、結衣さまが隣の方に、もたれかかって、居眠りされていたのかな?と申し上げようと思っていたのですが。・・・そういうご事情だったのですね。どおりで、お休みになっているにしては、やたらと腕が絡まっているようにお見受け・・・」
「梅ちゃん!!」結衣が強い口調でさえぎる。
なんだ、女神ちゃん自爆かよ。ま、梅ちゃんの観察力からして、まさか本当に居眠りしてるだけと思ったはずはないし、かといって、梅ちゃんが見たままをさらけ出すとは考えられないし、上手いこと結衣を自爆させたってことか・・・。半端ない計算力で感服するレベル。
「結衣、そろそろ次のクレープ担当の時間だぜ。行こうか。梅ちゃん、お茶ごちそうさまでした」
「とんでもございません。麗香嬢さまも、そろそろ次の上演のお時間でございますよ。私が影ながら警備をしておりますから、どうぞご安心なさって、お話をなさってくださいませ」
「うん。次はもうちょっとリラックスしてやるね。でも、梅ちゃん、見張ってても、もう面白いことも起こらないと思うよ」麗香が俺たちの方を見て、またくすくすと笑った。
「さようでございますか。では、私も少々は星空を眺め、御伽話を拝聴しましょうか。先ほども少し聞いていたのですが、実に素敵なお話と存じます・・・」
梅ちゃん、あのメルヘンのお話、好きだったんだ・・・。
「うう、恥ずかしかったよ。梅ちゃんに全部見られてたなんて」
校舎の裏口から、ひっそりとした裏庭に出ると、結衣が、つぶやいた。
「結衣が急におかしくなるから。ま、気にするな。俺は気にしてないし、麗香も笑ってたし、なんてことはないよ」
「そっかー、気にしてないか・・・」
俺は冗談にして済まそうと思ったけど、どうやら様子が違う。
「えっと、梅ちゃんに見られたことを気にしてないってことな。結衣がおかしくなったことは気にしてるぞ」
「もうっ。別に変なことしてないって。ちょっと雰囲気が出てたから。ほら、星空とか綺麗だったし、お話も・・・」
確かに、教室の中に星空なんて、雰囲気あったなぁ。麗香のお話、もうちょっと長く続いてくれたら、よかったかな。
「結衣?ここなら梅ちゃんも誰もいないよ」
俺は校舎の影の方に近づく。校舎を隔てた校庭の方から、喧騒が、あたかも遠い世界から流れてくる声のように聞こえてくる。ここだけ隔絶した別世界のようだ。
「勇真、何か期待してるの?」
「いや、結衣が望むなら。文化祭デートっぽいことを」俺は一歩近づいて、じっと目を見つめる。
「えっと・・・ここはお星さまも出てないし・・・」
「そうだな。魔法がかからないってことか。じゃ、クレープ焼きに戻ろうか。お昼時だし、さっきよりは売れるかな」




