文化祭は前夜祭?
「うーん、どうにも薄くならないなあー」
カフェ サントノーレのキッチンにて。俺はおそるおそる火加減を見ながらクレープを焼いている。結衣も一緒。
「勇真、パンケーキでも焼いてるのー?流行りの厚焼きの」結衣がにんまりと笑いながら茶々を入れる。
「そういう結衣は自分のご覧よ。真ん中に穴空いてるぞ」
「わーっ、いつの間に?!」結衣があわてて持ち場に戻る。
こんなことをしているのも・・・学校の文化祭で、うちのクラスはクレープをやることになったからだ。俺と結衣は焼き担当。ということで、奈緒さんにお願いして、放課後、サントノーレで練習させてもらっている。
できるだけ、薄く焼けた方が、同じ材料でもたくさん作れるし、何よりクレープはふんわり、薄ぺっらなのをくるくる巻いたのが美味しいもんな・・・。
「それじゃあ、勇真、次のやつで勝負する?どっちが薄く焼けるか」
「しません」
「なんでよ?」
「食べ物で遊んじゃいけませんって教えられただろ。小さい頃に」
俺はそう言いながら慎重に生地を測って、熱いフライパンに流し入れる。
「ふーん、随分と真剣なのね。まあいいけど」
「そうだな、頑張ってるのは、文化祭で美味しいクレープ焼きたいから。で、クレープ人気だったら、看板娘の結衣も人気ってわけで。ほら、モテ回復作戦」
俺は集中しながらクレープに向かって話す。
「そんな・・・まだ、モテ回復作戦、考えてくれてるの?」結衣がちょっと困惑したような声で言う。
「そりゃあそうだろ」
「でも、そんなこと言って、もし言い寄られたりしたら、どうせ勇真ジェラシーなんでしょ?あと、私、別に看板娘じゃないからね」
俺はお箸でクレープの端っこをめくって焼き加減を確かめるのに忙しくて答えない。
うんうん、いい感じに焼けてる。もう30秒ほどで裏返せば・・・。
不意にぎゅっと首筋に腕が回されてきた。
「うわっ!やめろって・・・。あ、奈緒さん。いつの間に」
「大丈夫、結衣ちゃんが誰かに言い寄られても、勇真くんには私が・・・」奈緒がどさくさに紛れて、くっついてくる。結衣が自分のクレープを放っぽり出して、奈緒を引き剥がす。
「二人とも、調子はどう?薄いの焼けるようになってきた?」
奈緒が何事もなかったかのように聞く。
「うーん、なかなか予想以上に難しいですね。薄く均一に焼くのは。それより、奈緒さん、キッチン貸していただいてありがとうございます。文化祭なんかの練習に、こんな本格的なキッチンを」
「いいのよ、文化祭でサントノーレ宣伝してくれたら。ほら、『サントノーレとコラボやってます!』とかね」
「おー、それ、いいですね」
「コラボとか学校が許可してくれるかなあ」と結衣。
「ところで、勇真くん、新しいタルトを試作してるんだけど、どうかなあ?いつもよりちょっと『映え』を意識してみたんだけど。まだ売り出すか決めてないんだ」
奈緒がカウンターの小さいガラスケースの中に鎮座しているタルトを指さす。試作品だからか一つだけ。大きなお皿の真ん中に、小さい丸いタルト。カスタードクリームのベースに、粒の小さなラズベリーがハート型に敷き詰められている。
「おしゃれですね。秋らしくなってきましたし、ベリー系とか流行るんじゃないでしょうか」
「うん、そうだったらいいな。他には、どんなふうに思う?」
「ラズベリーがいっぱいで美味しそう」
「他には?」
「タルト生地も、全粒粉入ってて食感良さそう」
「うーん、他には?」せっついてくる。
「どんなコメントを期待してるんですか?」俺はちょっと首を捻る。
「勇真、ちょっとこっち来て」今度は結衣がフライパンを揺すりながら声をかける。
「はい?」
「ちょっと、袖を上げてよ。今、手が離せないからさ」
結衣が何気ない風を装って難しいことを要求してくる。何か技を出す前触れだろうか?それともほんとに袖上げて欲しいだけ??いや、迷っている暇はないのは分かっているけど、ためらっていると・・・。
「勇真ー?」
やっぱり・・・。挑戦的な目。
「フライパン置いたらいいだろうに。はいはい」
右腕を軽く掴んで、エプロンの袖をちょっと引っ張る。お、スマートウォッチしてたんだ。それも、ピンクで、周りをちょっとデコってるし。
「りんごウォッチしてるんだ」
「うん、いいでしょー。この前、麗香ちゃんが持ってたのとおんなじよ。欲しくなっちゃって、ちょっと贅沢しちゃった。どう?」
「いいんじゃないか?LINEとか来たらすぐ分かるんだろ」
「ま、そうだけど。デザインどう思う?色とか」
「うーん、結衣が気に入ってるのならいいんじゃない?」
「勇真はどう思うのよ?」
「特になんとも。てか、またクレープ破けてるぞ」
「わー、ほんとだ!またやっちゃった。勇真、これ食べてね。味に変わりはないから」
「いいけど。俺が食べる分には、ビリビリ破れてても、穴だらけでも」
「もうっ、そんなになってないから。ほら、こうやって、綺麗に巻き上げると分からないし、それに・・・」結衣の声が小さくなっていく。
「どうしたんだ?」
「勇真はテーブルで待っててよ」結衣がうつむいて言う。
なんだろう。ま、いいけど。こちらもだいぶクレープ焼いたし、ちょっと休憩。
今日はお店は定休日。ホールの方はちょっと灯りも落としていて、いつもと違って、シックなバーのような雰囲気になっている。
俺は真ん中の席に腰掛けて、光が溢れているキッチンを心地よく眺める。
程なくして、結衣が銀のお盆に、白い大きめのお皿、その上にクレープを乗せてやってきた。いつの間にかイチゴなんかも添えてるし、それに、花びらのようなクレープには・・・。
チョコで描いた「LOVE」の文字。しかもOがハートになってるし。
控えめにみても・・・可愛いと認めざるを得ない。
・・・絶対罠だろうけど。
「はい、お疲れさま」
結衣がテーブルにぽんと、お皿を置く。俺は無言で結衣を上から下まで視線をやる。
「ど、どうしたのよ。なんで今、私をスキャンしたの?」
「いや、メイド服でも着てるんかな、と。一瞬目を疑った」
「ええーっ?勇真そんな趣味なの?」
「違うけど」
「じゃあ、感想を言いなさい。正直に、最初思ったことをそのまんま、ね?」なんか圧がすごい。目力も・・・。
「えっと、うん、第一感は可愛いなって思った。で、次にどういう罠かな?って思った」
結衣がきゃあーっと歓声を上げた。奈緒がいつの間にか隣に来て残念そうにしている。
「二人とも、どうしたんだ?」
「うんうん、私の勝ちね。奈緒と勝負してたの。先に『可愛い』って言葉を言わせた方が、あの試作品のタルト、ゲットできるって。一つしかないんだ」
「・・・なんだ、それで様子が変だと思った。にしても、わざわざこんなに手間かけちゃって」
「ふふん、ラズベリータルト、どうしても食べたかったからね。奈緒ちゃん、ほんとにいいのね。もらっちゃっても」
結衣が嬉しそうに、ガラスケースからタルトを取り出し、俺の前に座った。
「うん、勝負は勝負だからね。私はお二人さんの作ったクレープもらうわ」
「じゃ、いただきまーす」
結衣がフォークでタルトのハートを崩し始める。俺も、せっかくなのでクレープを頬張る。奈緒さんは俺の厚焼きクレープ?を美味しそうに食べている。
「奈緒、このタルト絶対売れるよ。甘酸っぱくて、とっても美味しい。ほら、どうぞ」結衣がフォークで奈緒に食べさせている。奈緒、美味しそうに頬張っている。
・・・うっかり、それに注目してしまった。
「あ、勇真、欲しそうにしてるー。仕方ない、一口だけあげる」結衣がタルトのかけらを無造作に掴んで口元に差し出す。ほっそりとした手首にりんごウォッチがキラキラと、輝いている。
う、やばいやばい。ドストライクのシチュエーションだよ!
「なんて言う?」結衣がにっこりと微笑んで覗き込む。
もうーこの子ったら!いっつもこうやって。
「はいはい、可愛いですね。別に減るものでもないし、何度でも言いますよ」俺は甘いラズベリーが口の中でとろけるのを感じながら、そう言った。




